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職人地区を抜けて、リーヴがやってきたのは山につながる町外れの裏路地だった。トラッキルスには霊峰イスベルクに向かうための登山口がいくらか整備されている。
木漏れ日の照る土の地面を一歩一歩登っていく。空気は澄んでいて心地よいが、登り始めて三十分もすれば額から汗が滴り落ちた。真面目に登るのはいつぶりだろうか。リーヴのところでは扱わない代物なので、あまりイスベルクを登る機会はない。
遠くでは鳥の鳴き声がし、風が吹けば木々がざわめく。幸い、先人の歩んだ軌跡が道となって残っているため、ひとりでも迷うことはなさそうだった。
そうして、かれこれ一時間ほど登った頃。ふいに視界がひらけた。
現れたのは木々に囲まれた花畑。色とりどりの草花が咲き誇り、吹き下ろす風に揺れている。
リーヴは額の汗を手の甲で拭う。少し乱れた息をなだめるため、深く息を吸い込んだ。町の中よりもずいぶん澄んだ空気は新鮮で心地よい。
ひと心地ついたところで、リーヴはそっとカバンを開いた。カバンがひとりでに少し跳ねる。草木の上へ「不可視の獣」が軽々と降り立つ。そのまま駆け出す音と、どこかリズミカルに揺れ沈む草花を見てリーヴは少し眉を下げた。
「レスター。ちょっと戻っておいで」
レスターと呼ばれた「不可視の獣」は、呼び声に応えるように一度足を止め、そのままこちらへかけよってくる。リーヴは片膝をつき、両手を広げて迎え入れた。
ふわりと柔らかくあたたかな感触を抱き寄せて撫でてやる。彼が満足するまでそうしていれば、じきにレスターは満足げに喉を鳴らした。彼の本来の姿を思えば、こうした広々とした場所で駆け回るのは性に合っているのだろう。
「また一緒に来ような。仕事以外で」
リーヴはそう言いながら、上着のポケットから依頼人の指輪を取り出した。手のひらに乗せたそれをレスターの鼻先へ持っていってやれば、彼はすんすんと鼻を鳴らす。
すると、リーヴの眼前、ちょうど「不可視の獣」がいるところがおぼろに霞む。色がにじみ出るようにして空気を染めていく。
滲み出す色は陽炎色。形作るのは獅子のたてがみ。
けれど、それは実像を結ぶところまでは行き着かない。あくまで薄ぼんやりと、そこに「何か」があるように揺らぐ程度にとどまっている。ともすれば錯覚のように思えるほどの小さな変化だ。
それでもリーヴは軽く口笛を吹いた。この指輪、思ったよりもずいぶんと質のいい魔法がかけられているらしい。妖精族は魔法との親和性が高いとはいうが、それにしても魔法の扱いに長けるかどうかは個々人の素質の差だ。
「久しぶりだな。お前も気に入った?」
おぼろに霞む「不可視の獣」の頭をなでれば、満足げに揺らぐたてがみをこちらへ擦り付けてきた。
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