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「……ああ、じゃあ、一つもらいます」
びりっ、袋を破って、一粒、ごぼうは金平糖を食べた。
「あまっ」
がりっ、頬が震える。
「ありがとう。残りはいらないから」
と、ごぼうは結局金平糖を受け取ってはくれなかった。
あ、り、が、と、う、
私は、多分疲れたんだろう。その日は少しも腹が減らなかった。
ごぼうは、その後も私を雇った。
私はごぼうとだけ連絡を取った。ごぼう以外ほとんど反応はなかったし、あっても案の定、ありきたりな誹謗中傷だけだったのもある。
会うごとに、ごぼうと過ごす時間は長くなった。ごぼうが話し始めたからである。自分の話を。
上司がテキトーすぎる、とか、マンションの子ども用自転車が邪魔、とか、主にグチだった。ごぼうは雪どけ水のようにとめどなく話した。私はあんまり聞いてなくて、うなずくだけした。それでもごぼうは満足した。
ちゃんと聞いたのは
「やせた?」
という声だった。
「え?」
「え、何か、やせたかなー、って」
確かに。
帰宅してパンツとズボンの間に手を入れた。
入る。右手も左手も、入る。
やせたんだ。
アミの言う通りだ。
働いたら、やせるんだ。
アミ、アミ。私やせたよ。
言いたかったけれど、もうアミから連絡はこない。
それでも私はうれしかった。
金平糖を、ごぼうが言った数だけ食べる。
や、せ、た?
金平糖の行く先は、宇宙か、私の贅肉か。
きっと全然、別のところだ。
決めた。
今日から私、やせよう。
毎日歩く。いいものを食べる。金平糖は、ごぼうと会った晩にだけ。いいこと、言ってもらった時にだけ。「ありがとう」とか。「やせた」とか。
多分、その金平糖は、肉にはならない。
なるとしたら、「わたし」になる。
いいものを食べて、やさしいものに囲まれて、私は「わたし」になっていきたい。
こんな、私でも……。
ごぼうと過ごす時間は、日増しに長くなる。
暑い日は、近くのお店で体を冷やして。
雨が降る日は、傘を差して。
星がぴかぴか光りだす。
「やせたね」
ごぼうは言った。
「やせたら、ちょっとはましだね」
スカート、買ったんだ。
グチ以外のことを話す時、ごぼうの声はとてもきれいだ。海辺で聞いたさざ波みたいに。
ふと気がつくと、ごぼうの顔がやわらかだった。
「ご……、あ、太っ、りました?」
と聞くと、ごぼうは
「金平糖のせいかなあ」
と言った。
私たちは空を見上げた。
ごぼうの体のように、それから私の体のように。
ちょうどよく膨らんでゆく宇宙を、二人でいつまでも、いつまでも見上げた。
おわり
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