灯台の町のお嬢様

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灯台の町のお嬢様

 その日は初夏だというのにやたらと暑かった。  着ている衣類は汗で濡れて酢臭い香りを悶々と放って止まらず、肌は照りつける日差しで焦げてきている。先日までのジメジメとした梅雨も嫌いであったが、この夏の暑さはどうにも耐え難い苦痛であった。  水筒を手に取り傾けるが水は一滴たりとも落ちてはこない。どこかで水を恵んでもらわなければ干からびて死にかねない。  しかし、東の都から灯台の町まではこうも遠いものであっただろうか?こんなに辛いのであればケチらず汽車を利用すればよかった。今からでも駅に向かい汽車に乗り込もうかと考えていると、道の先に西洋式の灯台が姿を見せた。   (歩くしかないか。……しかしこの暑さ、成芥子(なりげし)のお嬢様はしっかりと生きておいでだろうか?)  ふとそんな事を思った。そうだ、どうせ水をどこかで恵んでもらわなければならないのだ。ならば成芥子のお屋敷によるのが一番いい。どうせあのお嬢様は今日も見晴らしの良いその屋敷の中で煙管(キセル)をふかして外を眺めているのだろうから突然赴いても何のことはないだろう。  目的地があれば不思議と力が湧いてくるものだ。背負子を担ぎなおして俺は灯台の町を目指した。
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