Seen1 嘘つき女優

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「それでは15ページ、シーン5、久城さんのセリフからお願いしまーす。」 「はーい。」 穏やかに返事をした久城さんは、片手で台本を持ち、薄く口を開く。 『…なんか、用ですか?こんなところで待ち伏せるなんて。』 第一声から…隣の彼は拓人だった。 落ち着きはあるが、低すぎない…よく響く声。 遊び慣れていて、愛菜からのアピールも華麗にかわす、掴めない男。 思わず、隣からの圧にブルリと体が震えた。 たくさん練習した。 読むだけならこの本全部暗記してる。 …でも、 こんな完璧な役作りを見せつけられた後に…、私が愛菜として話すことが…恥ずかしい。 「…っ、」 「…どうしたの愛田さん。ページ分かんない?」 中々話出さない私を覗き込んで、久城さんがコソッと聞いてくれたがそれが逆効果。 人間離れした綺麗なお顔と、ただそこにいるだけで圧を感じるオーラに椅子を引いて後ずさってしまう。 「だ、…大丈夫です。…すみ、ませんっ、」 緊張でバクバクと高鳴る自分の心音がうるさい。 鎮まれ、鎮まれ…と言い聞かせながら、「もう一度お願いします。」と頭を下げた。 「ただの本読みだから、そんな緊張しなくていいよ?」 「…は、はい…すみません、慣れていなくて…」 私の緊張をほぐすために監督が優しく声をかけてくれたが、そうやって気を使わせてしまった事、そして室内の何人かは怪訝な顔で私を見ていることが居た堪れなくて泣いてしまいそう。 でも…ダメだ。 場違いなことは分かっていて…それでも今までのドラマや映画みたいになんとか乗り越えるために、ここ数週間かけて勉強してきたんじゃないか。 角が折れた台本を見つめて自分を奮い立たせる。 大丈夫、大丈夫。…努力の分だけ、苦手と向き合った分だけ…きっと人は成長できるはずだから…。
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