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「あの…愛菜じゃないっていうのは…、どういうことですか?」
「…、」
「教えてください、私…愛菜になりたいんです、でも…分からないんです!」
練習の痕が滲む演技の後、「美波ちゃん、…それ、愛菜じゃない。」と監督に一刀両断された彼女は泣くのを必死に我慢しながら監督を睨んだ。
睨んだ、と言っても怒りをぶつけているわけじゃない。
ただ誠実に、現状を打破するために答えを求めていた。
顔合わせの時と比べれば格段に上達はしていた。
しかし、依然として台本への理解度が足りない彼女の演技は、福山監督の作品に携わってきたスタッフの面々も含め、到底及第点を与えられるものではなかった。
こうやって監督に詰められるのも悪いことじゃない。
追い込まれることで成長する役者は多いし、まあ、心折れる役者も多いんだけど…。
さて、愛田美波はどんな反応を示すのか、と試験的な目を向けていた俺からすれば、彼女の反応は予想外のもので。
てっきり、泣くか逃げるか、だと思っていた。
必死に努力した痕は十分に感じられていた。
それでも、頑張りだけで認められるような甘い世界ではない。結果を残してこそ、プロだと認められる厳しい世界だ。
そんな中、愛田美波は、
「…お願いします。私に愛菜を教えてください。」
貫くように力強く、色素の薄い瞳を俺に向けた。
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