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先程失敗したシーンのテイク2。
監督の声がかかるまで、美波はソワソワとした様子でふぅーっと深く息を吐いていた。
…大丈夫かよ。
少し離れた場所に座って彼女の落ち着かない様子を横目で見ては苦く口角を上げる俺。
「はい、ではテイク2、」
監督の声にピクリと彼女の方が揺れる。
一度項垂れて、「…3、2、…」の声に合わせてパッと上がった顔。
「…っ、」
豹変した彼女を捉えた瞬間、ゾワっと全身に鳥肌が立った。
俺がアドバイスしたとおり、ADDICTのモデルの時の彼女。
顔だけじゃない。雰囲気までもが一変し、先ほどまでのふわふわした美少女の姿はもうどこにもなかった。
慌てて彼女から目を逸らす。危うく俺の方がNGを出すところだった。
俺も負けていられない、と…瞬きをして役に集中する。
俺は確信した。彼女は磨けば絶対に光る。
でも、この映画で彼女を引き上げなければ、きっと本人自身が才能に気がつかないままに…彼女はこの世界で消えていく。
そんなの…勿体なさすぎる。
不器用ながら、道を示せば真っ直ぐに進む。素直で吸収が早い。
だって、ほんの少しアドバイスしただけで、その場にいる人みんなをゾクっとさせるほどの演技ができるんだ。
もっと台本を理解して、正しい努力の仕方を身につければ、絶対にいい女優になれる。
それに、自分が売れるためではなく、作品を良くするために、そして「愛菜をこの世界に生かしてあげるため」に、
努力を惜しまないその姿勢に…同じ役者として好感を抱かないわけがない。
彼女が成長した姿を見たい、そしてあわよくば…彼女を成長させるのは監督でも、他の誰でもなく…って。
だからかな。
「私に恋愛を教えてください!」
そんな馬鹿馬鹿しすぎるお願いに呆れつつも、
「お馬鹿な美波ちゃん、気に入っちゃったからさ?俺が立派な女優さんに育ててあげる。」
期待に膨らむ胸の赴くまま、俺は美波を受け入れた。
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