Seen1 嘘つき女優

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立ち位置などの軽いリハーサルをして本番。 「はい、本番、…3、2、…」 監督の掛け声とともに、シーンっとその場は静まり返り、耳にはバーに流れる落ち着いた音楽だけ。 カラリと久城さん演じる拓人が傾けたグラスが鳴る。 私演じる愛菜はお通しで出されたナッツを噛み砕きながら、縦肘をついて彼の姿を見つめる。 目と表情だけの演技。…これも何度もスマホで撮影して確認してきた。 (さりげなく、でもこちらに気付けとばかりに視線を送る愛菜) 台本で指示のあった通り…出来ている。 視線の先の拓人は気怠げにテーブルに視線を落とし、グラスの縁を指先でなぞるその姿は、妙に色香を放つ。 台本上ではうまく想像できなかった、男の人の色香。 しかし、この場では頭で考える必要もなく、…台本の中の世界が出来上がっていた。 誰の目も奪うほど美しい男、拓人は改めて久城さんにピッタリ。 こちらからの視線に気がついた拓人の瞳が流れるように向けられる。見せつけるように口角を上げて笑って見せると、拓人は真顔のまま目を逸らし、椅子から立ち上がり、トイレの方向に消えていく…… 「…カット!」 監督の声がスタジオ内に響く。 その瞬間、顔を上げて監督の方を見ると… 「美波ちゃん、…それ、愛菜じゃない。」 「…っ、」 普段優しい福山監督が、低く静かな声でそう言った。 怒っている表情ではないけれど…その瞳の奥は…明らかに私を睨みつけていた。 ドクン、と心臓が破裂しそうな勢いで波を打ち始める。 まただ。…また私の精一杯は…、届かない…。
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