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たぶらかす…って、何をどういう風に見ればそういう見解になったのか、5時間くらいかけてゆっくりお聞かせ願いたい。
如月さんは私と仲良くする気はないらしいし、私のこときっとあまり良く思っていないのかもしれない。
そのことは少し寂しいけど、別にいい。役作りの一環と言われれば、それ以上無理に近寄ることはできないし。
でもね?今まで築いてきた人間関係をそんな穿った見方をされるのは、…流石に我慢ならないよ。普通に腹が立つ。
湧き上がる怒りにムッと唇を結び、頬に空気を溜める。
私だけでなく周りの人の名誉のためにも何か言い返してやろう、と口を開きかけたそのタイミングで監督の元から昴くんが戻ってくる。
「ごめん、お待たせ。すぐ本番だって。」
「全然大丈夫です〜!ねえ、昴くん、本番中、ボディータッチ多めにしても大丈夫ですか?」
「え?…んー、登場シーンだし、千夏の強かさを出すのはもう少し後でいいんじゃない?最初は大人しくしておいて、愛菜との対比を見せた方がいい。」
「そっか、そうですね!流石です、昴くん!」
パンっと両手を合わせて、猫撫で声をあげる如月さんに、私の頬にさらに空気がたまる。
“昴くん”って呼ぶのは私なの!私だけなのっ!
頭の中怒りに覆われているせいで、そんな駄々っ子みたいなことを叫び出しそうになる。
やだ、…やだ、…やだ。この人が…、昴くんに近づくの、やだ。
私が頑張って築いてきた人間関係を否定されるのも壊されるのも…掻っ攫っていかれるのも…、やだよ。どうしよう。
「では、本番!」とスタジオに響いた声。
ざわつく心臓の不穏さはそのままにゆっくりと目を閉じ、息を吐いた。
すでに馴染んだ監督の声で紡がれるスタートまでのカウントダウン。
スタジオが静寂に包まれた瞬間を捉えて、パッと目を開けると…
知らない女とグラスを交わす拓人の姿が目に入った。
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