Seen1 嘘つき女優

25/27
前へ
/548ページ
次へ
そんな私に気づいているのか、いないのか…久城さんは次の瞬間スッと顔を真剣なものに変えて、低く声を出す。 「でも、監督はそんな努力を求めているわけじゃない。」 「…っ、」 「演技の上手い下手じゃなくて、あんたが愛菜になることを求めてるんだ。」 「…はい。」 今までの演技のお仕事も…誰かの真似でなんとか乗り切ってきた私。役そのものになり切るなんて空想の話なんだと思っていた。 でも、久城さんを見て…役になり切るとはこういうことか、と理解することができた。 理解したとして、それを実践するとなれば話は別で…。私が愛菜になるためには…この人から学ぶしかない。 「久城さん…、私はどうすればいいでしょうか。」 真っ直ぐに見上げて教えを乞うと、久城さんは小さく笑って、「その真面目さ…そりゃあ素のまま愛菜になれるわけないよなぁ」と揶揄しつつ言葉を続けた。 「ADDICT。」 「…え?」 「あんた、ADDICTのアンバサダーしてるでしょ。」 「…ああ!はい、やらせてもらってます。」 ADDICTとは、海外セレブ御用達の誰もが知る高級ブランドで、今春からファッション部門のジャパンアンバサダーとして私を起用してもらっている。 黒を基調としたスタイリッシュなデザインが特徴で、シンプルでありながらも個性的なシルエットには、開業当初からのコンセプト「誰にも媚びない芯の強い女性像」が込められている。 「雑誌に載ってた広告見たけど、すごく良かった。」 「え…、そんな、久城さんに褒めていただくなんて…おこがましいです。」 「あの広告は…今のあんたとはまるで違う人みたいだった。クールで、無機質で…服を殺さず自分も生かすような、…とにかく、プロだなって思ったよ。」 「…、ありが…とうございます。」 突然、演技とは関係ないところで浴びた褒め言葉。 困惑しながら発したお礼は、あまりに辿々しいものになった。
/548ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1145人が本棚に入れています
本棚に追加