夜の底へ

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眠れなく、なってしまった。 三寒四温の季節。 冬用の厚い掛け布団をしまうにはまだ早すぎると思ったのが仇となった。 身体にまとわりつくような暑さで目が覚める。 スマホを手に取ると午前2時35分。 眠りについたのが1時少し前だから一時間半くらいしか眠れていないことになる。 二枚重ねていた布団を一枚剥ぎ、丸めて足のほうに投げやる。 これで良いだろうと瞼を閉じるが、眠気は感じるのになぜか眠りには就けなかった。 春休みに入って生活リズムがすっかり狂ってしまった私は、朝方に寝て昼過ぎに起きる日々を繰り返していた。 初めのころは疲れているのだろうと母も見逃していてくれたのだが、最近ではいい加減に起きない私に苛立ちを覚え、朝から檄を飛ばすようになってしまった。今ではもうすっかり母の怒号が目覚ましの代わりになってしまっている。 しかし深夜の誰もいない時間の魅力は大きく、特に何かするわけでもないのに起きていたかった。 好きなゲーム実況を誰にも邪魔されずに見ていたかった。 そんな母からついに12時までに寝ない場合は1000円徴収する、と脅しをかけられてしまったため、私は電気を消して寝るふりをした。 いままで乱れた生活をしていた私がそんな簡単に寝られるわけがなく、近くの本棚にあった小説を手に取って読み始める。 私の好きな作家のSF三部作の一つ。 もう何十回と呼んでいるため表紙はボロボロ。 それでもこの本には何回読んでも読者を飽きさせない何かがあった。 そして私がひきつけられる何かがあったのだ。 物語が展開していくにつれ文の中の事態は深刻になっていく。 が、それと同時に私の思考力も落ちていくため、だんだんと理解が追い付かなくなる。 そして目の前がぼやけ、文字が見えづらくなっていく。 何回か本を持ったまま寝、起きを繰り返した後にこのまま起き続けることを諦め、眠りについた。 今現在。進行形で寝られない。 忘れていた寝ることのできない辛さを思い出す。 テスト前は物理的に寝る時間のない辛さがあるのだが、それとはまた別の苦しみだ。 寝ようと思うのに、寝なければいけないと思うのに、寝られない。 時間も寝ようという気概もある。眠気もある。 なのにどうして寝られないのだろう。 人は何かしたいときにできなくてしたくない時にやらなければならない神様の呪いでもかけられているのであろうか。 私の瞼の裏にはまだ眠気がこびりついているというのに。 思いつく限りの入眠法を試す。 4秒吸って2秒止め、8秒で吐き出す呼吸法。 何の関係もない言葉を羅列して思考をシャットダウンさせる方法。 それでも私は眠りには就けず、目はさえていく一方だった。 いっそ起きてしまおうか。 いや、ここで起きてしまうと明日が辛い。 寝なければ。でも寝られない。 そうやってグルグル考えているうちに時刻は3時30分になってしまった。 両親は彼らの部屋でぐっすりなようだ。 流石にもう諦めるか、と決心した私は、一階にあるダイニングへの階段を下った。 暑さで起きた私の喉は猛烈に乾いており、コップ二杯の水をすぐに空にしてしまった。 きっと体からのSOS信号だったのだな、とうだうだ考えていたことを申し訳なく思った。 窓から見える外は真っ暗。 深夜の路地裏など人どころか猫さえいる気配もなく、不気味に静まり返っていた。 しかし今の私にはその静けさがかえって心地よかった。 さて、何をしようか。 そう考えた時に冒頭の一文が頭の中にポン、と浮かんで弾けた。 正直、最近自分の存在意義を否定するようなことが続き、少し参っていた。 自分が得意分野だと思っていた教科で意外と点数が取れなかったり、満足がいった作品が思うように評価されなかったり。 人生の中で見たらちっぽけなこと、それにもっと苦しいことだってある。 分かってはいても、小さいことが続くからこそ気持ちが八方塞がりにになっていく自分がいた。 ここなら、文章ならだれかが認めてくれるかもしれない。 評価されるかもしれない。 ちょっとぐらい承認欲求抱いたっていいよね、と淡い希望を抱きながらパソコンを立ち上げた。 こうして今日も深夜の魅力に堕ちていく。
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