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幼馴染のりっくん
教室に戻ると、クラスメイトから哀れみの目を向けられたが、誰一人として声を掛けてはくれない。
それは致し方ないと理解しているが、先生まで注意すらしないとは。おそるべし場野くん。いや、場野くん家。
親友とまではいかずとも、それなりに仲の良い瀬古くんや大畠くん。その2人も、今は目を合わそうとしない。やはり、場野くんに関わりたくないのだろう。
僕はこのまま孤立していくのか。そう悟ったその時、りっくんが声をかけてくれた。
「ゆいぴ、大丈夫?」
「りっくん····大丈夫じゃないよぉ」
あ、ゆいぴとは、僕のあだ名である。りっくんこと、幼馴染の鬼頭 莉久は、幼稚園の頃から僕をゆいぴと呼んでいる。
僕が場野くんに拉致られるのを見て、心配して隣のクラスから来てくれたらしい。
「何かされたの?」
「な、何も····」
キスをされた。告白もされた。挙句、お試しで付き合う事になった。
「何かあったでしょ? 隠しても無駄だよ」
昔から、りっくんには隠し事ができない。どういうわけか、秒でバレてしまう。今回も、早々に白状してしまった。
りっくんは何も言わず僕の手を引いて、別棟の人気のないトイレに連れ込んだ。本日2度目の連行だ。
「で、付き合うんだ。よく知らない不良と、流れで?」
「な、流れっていうか、本気で僕の事好きになってくれたみたいだし、とりあえずお試しだから····んっ····」
突然、りっくんにキスされた。大きな手で優しくもしっかりと頬を包まれ、そのまま上から食べられてしまうかのように。
「ぷはっ····りっくん、なんで····え?」
「俺も好きなんだけど、ゆいぴの事。幼稚園の時から、ずっと好きだったんだよ。俺の奥さんは、絶対ゆいぴだって決めてたのに····。なんでなの······」
りっくんは、息すらも上手くできないって顔で、涙を浮かべながら僕の頬に唇を這わす。
彼女が途切れないりっくんが、僕を好きだって。そんなわけないじゃないか。それも、幼稚園の頃からって、意味がわからない。
「りっくん、ずっと彼女いたじゃんか。何の冗談なの?」
「冗談でキスなんかしないよ。彼女は、ゆいぴを困らせないようにする為に、そのぉ····紛らわしてただけで····」
「えぇ····待ってよぅ······わけわかんないんだけど······」
「ねぇ、場野なんて危ない奴やめて、俺の奥さんになって?」
「奥さんって······僕、男だけど」
「こんなちっちゃくて可愛いのに······」
「ちっちゃいって言わないでよ····。て言うか可愛い!? そんなの言ったことなかったじゃんか。場野くんといい、りっくんといい、視力悪いんじゃないの?」
「あいつにも可愛いって言われたの?」
「····うん」
「嘘でしょ····ゆいぴの可愛いトコロは、俺だけが知ってればいいのに····」
「ちょ、りっくんヤンデレなの? 怖いよ。キャラ違くない?」
「俺は本来こんなだよ。ゆいぴに嫌われたくなくて、ずっとイイ男やってただけだし。イケメン好きなんでしょ?」
こんな事をサラッと言って、許されてしまうイケメンなのが恨めしい。
ずっと、ただのチャラ男だと思ってた。僕、幼馴染なのに上辺しか知らなかったんだ。そう思うと、少しへこんだ。
「ゆいぴ、俺のものになってよ····」
そう言いながら、りっくんが再び唇を重ねようとした瞬間だった。
ドンッダァァァァン──
トイレの扉が、物凄い威力で蹴り開けられた。
「ばっ、場野くん!? どどど、どうしたの?」
「お前誰? 何やってんの? それ、俺の嫁なんだけど」
「あぁ? 急に出てきて、アンタこそ何言ってんの? ゆいぴは俺の天使だよ」
意味不明なワードが出た。さっきまで奥さんって言ってたのに、天使は初耳だ。
「気持ち悪ぃな。何なのお前」
「えっと、幼馴染の鬼頭莉久くん。····あの、喧嘩はやめてほしいな」
「お前がそう言うなら手は出さねぇけど、お前の旦那は俺だろうが」
「えーっと、それは······」
「ちょっと、ゆいぴが怖がってるでしょ。やめなよ」
「つーかお前さ、さっきから『ゆいぴ』って何だよ」
「僕のあだ名です····」
思わず、とても小さな声で口を挟んでしまった。
「可愛いゆいぴにピッタリのあだ名だろ。俺だけがそう呼んでんの。俺だけが呼んでいいの」
りっくんのマウントが病んでる····。
「お前マジで気持ち悪ぃぞ。おい行くぞ、ゆいぴぃ」
場野くん半笑いだよ······。高2男子に似つかわしくないあだ名、勘弁して欲しい。
「ダメだよ。ゆいぴは渡さないから。あと、ゆいぴって呼ぶな」
りっくんは僕の肩を抱き寄せ、全力で場野くんを牽制する。
「わぁ。ゆいぴ真っ赤。かーわい~」
りっくんが、僕の頬に軽くキスをする。こういう触れ合い方をされるのは初めてで、正直かなり戸惑っている。
「てめぇ、死ぬ覚悟あんだな」
指をバキバキ鳴らし、ドカドカと歩み寄ってくる。
「なに? 結局暴力なの?」
りっくんが場野くんを煽る。ハラハラしながら、僕はおどおどするしかなかった。
「あの、場野くん、待って、りっくんは······」
僕の言葉を遮って、場野くんは僕をふわっと抱き寄せた。
予想外の行動に、僕もりっくんも一瞬固まってしまった。
「こいつ、不良は嫌いみたいだからな。暴力で解決なんかしねぇよ」
「へぇ~····意外。真面目に恋しちゃってるんだ」
「お前、恥ずかしい事さらっと言うのな。キモいわ」
「いやいや。アンタがちゃんとしてるんなら、俺もちゃんとしないとな」
「はぁ? ちゃんとも何も、結人は俺のもんだ」
初めて家族以外に結人と呼ばれ、心臓が一瞬止まったかと思うくらいドキッとした。
「場野くん····まだ、お試し期間でしょ?」
「お試しでも何でも、とにかく今は俺の結人だろ」
恥ずかしい事をさらっと言うあたり、場野くんも大概なんだけどな。と、思ったのだが、照れて言葉を飲みこんでしまった。
結局、2人は睨み合ったまま、僕を間に挟んで歩く。
背の低い僕は、高身長の2人の視界に入らないみたいだ。さらに、それぞれに手を繋がれて、さながらお子ちゃま状態だ。
そのまま教室に戻ると、烈火の如くざわめきだした。2人が僕を巡り争っていると、ドンピシャな予想が飛び交っている。
そして、2時間もサボってしまった僕は、先生の冷ややかな視線に刺され、優等生の席から転げ落ちてしまった。
昨日から立て続けに、不測の事態に飲まれっぱなしなのだ。当然、疲れてた。
その結果、2人の事は一旦、なるようになれと思ってしまった。
それからは1日、2人を避け続け平和に過ごした。帰りも捕まる前に、先生からの呼び出しからの説教に乗じて、見つからないように帰った。
りっくんからの鬼電には、スマホの電源を落として対処した。
これでようやく、ひと時の静寂を噛み締めながら眠れる。
この時の僕は、これ以上の不測の事態など、起こるとは思っていなかった。
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