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ボイス
「私が古文の教師になろうと思ったのは平家物語が好きだったからです」
始業式の日、三年三組の教室に入ってきてすぐに平田先生は言った。
「『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、偏ひとへに風の前の塵におなじ。』」
いきなりのことに驚く私たちを教壇から見下ろして、歌うように誦じた。
「皆さんも好きなことを見つけてください。なに焦らなくてもいい、君たちの時間はまだたっぷりあります」
そう言ってにこりと笑った。
あの声だった。
平家物語の冒頭を朗々と誦じたあの声で、
「ちがうよ きみがいきていてよかった」
確かにスピーカーからそう聞こえた。
私たちはその場で固まってしまった。
誰もスピーカーのスイッチなんて入れていない。
誰も一曲も歌っていない。
マイクは袋をかぶったままで誰も触ってもいない。
ふと隣りを見ると、茜が顔を上げている。皆と同じようにポカンと口を開けてスピーカーの方を見ている。
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