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どのくらい経っただろう。誰も声が出せなかった。動くこともできずに、座った者は座ったまま、立っていた者は立ったまま、スピーカーの方を見つめていた。でもあの声も音も二度と聞こえなかった。
静寂を裂いたのはプープーという入口付近にある電話の音だった。
我にかえったように澤田君が電話に出る。
「5分前だわ」
受話器を戻した澤田君が言う。私たちはようやく自分が息をしていることを思い出していた。
「最後の一曲だな」
そう言った臼井君が入力の機械を触って何かの曲を入れた。
その曲は今の私たちにはあたりまえのようだけれど、この機械で入れられた数はほんの少しに違いないと思われる曲。
卒業式で歌うことになっていなかったから、歌詞はちゃんと知らない。でも曲は覚えている。
大きなディスプレイに映る歌詞を見ながら、私たちは立ち上がって『仰げば尊し』を歌った。
マイクを使わずに
スピーカーの方をみつめながら
みんなで泣きながら歌った。
スピーカーからはもうなんの音も聞こえず、ただ私たちの声を聞いてくれているようだった。
〈 fin 〉
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