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サオリの肩は激しく上下している。
荒い息を抑えることなく、何度もその白い喉からは、息と共に苦痛の声が漏れる。
足元にはゴツゴツした石が転がり、木の根や積もった落ち葉が行く手を阻む。
何度もつまずき、転び、その度についた手は泥まみれだ。
それでもサオリはその山を上るのをやめようとはしない。
知る人ぞ知る秘境のバンジージャンプ場が、この先にある。
サオリは子供の頃からおとなしい性格だ。
体つきも華奢で色白のため、小学校の頃はよく男子からからかいの的になった。
何をされてもただ下を向いて、悪くもないのに「ごめんなさい。ごめんなさい。」と呟いて泣いていた。
はじめこそ周りに女子が集まり守ってくれた。一緒に遊ぼう、一緒に帰ろうと、誘ってくれていた。しかしいつも無口で受け身のサオリがつまらなくなり、6年生の時には話しかけて来るクラスメイトはいなくなった。
一緒に遊びたいのにな、仲良し欲しいのにな。
もうやだ‥
こんなんじゃいけない、と、中学生になってからは、なるべく笑顔でいようと心掛けた。からかわれても笑顔で「えー、やめてよー。」と少しは反抗するようにしてみたが、元々が大人しく内向的な性格だ。次第に構われることも無くなり、お喋りする友達もできずいつも1人で休み時間を過ごした。
もっと頑張って明るくならなくちゃ。もっと自分から話しかけなくちゃ。
もうやだ‥
高校に入ってからは、イメージチェンジをはかろうと髪をショートにし、活発になりたいと思いアウトドアのサークルに所属してみた。
しかし本来の自分と違う自分を「演じる」ことに疲れ、会話の弾まない自分からはだんだん人が遠ざかり、結局は自分を変えることができなかった。小中高と、全ての卒業式で、友だち同士で記念写真を撮っている同級生らの間を抜けて、サオリは1人逃げる様に帰宅した。
どうして明るく楽しい女の子を演じ続けられないんだろ。
もうやだ‥
サオリは思った。
自分なんていてもいなくても、誰も気に留めない。空気みたいに皆んなから見えない存在なんだ。つまんないな。こんなの、たまらないな。
友達同士でお喋りしたり、話題のスイーツを食べ歩いたり、恋愛話で盛り上がったり、アイドルグループのグッズをお揃いで買ったり、1人でいいからそんな友達が欲しいな。
と。
もうやだ‥
サオリは短大に合格していたが、また同じことが繰り返されるのかと思うと、憂鬱でしかたがなかった。友達作りの事を考えると全てがどうでもよくなり、いっそ消えてしまいたいとさえ思った。
もうやだ‥
短大の入学式が数日後に迫ったある日、
サオリはある事を思い出した。
アウトドアサークルで初めてキャンプをした日のことだ。
1人の先輩が近くの山を指して言った。
「知ってるか?あの山の中にはな、
サヨナラバンジーってのがあるらしいぜ。」
「何ですかそれ?事故って死んじゃうってことですか?」
「俺も詳しくは知らないんだけどさ、以前、
秘境の中でバンジージャンプが楽しめる
って場所があったんだって。でもさ、
場所が場所だろ?
すぐに客が来なくなり、何年か経った頃、
そのバンジーがあった橋の上から飛び降りたんじゃないかっていう遺体が、川下で立て続けに見つかったことがあったらしいんだよ。
それで、きっとあのバンジーの担当者が客を
騙してバンジーのゴムをこっそりつけずに
行ってらっしゃーいって送り出して、
時々笑顔で殺すんじゃね?ってなってさ、
それがだんだん、いやいや、本当は良い人で、自殺志願者を手伝って見届けてくれんじゃね?ってなってさ。ま、どっちにしても、サヨナラなわけさ。」
「怖!それ本当っすか?」
「うそー!それじゃ自殺ホウジョとかってやつで犯罪なんじゃ?」
「えっ!いってみましょうよ!皆んなで真相確かめて動画上げましょ!」
と盛り上がるだけ盛り上がったが、結局翌朝には皆そんな話はネタでしかなく、予定通り帰宅したのだった。
行ってみたい。
行ってみよう。
サオリは思い立ち、厚手のパーカーを羽織りその頃買ったトレッキングシューズを履くとその山に向かった。
キャンプ場から山道へ入り、場所も分からないのに闇雲に上へ上へと向かって歩いた。
かつては体験客が通ったであろう道を、見えない道を探り探り歩いた。
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