卒業 見届け人

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サオリの肩は激しく上下している。 荒い息を抑えることもせず、なりふり構わず山を上っている。 と、突然目の前が明るくなり少し開けた場所が現れた。 木々がはらわれ、切り株は人が腰を下ろすのに丁度良い高さに残されている。 サオリはそのひとつに腰を下ろす。 見回すと、前方に橋が見える。 崖の先端から向こうへ伸びる橋。 ここに来るまでに想像していたのとは違う、金属製の頑丈そうな橋だ。 橋の先端は隣の山の中腹に繋がっている。 その橋の中程に、確かに、バンジージャンプ台が設置してある。 サオリは息を整え、服についた泥や葉を払うと、バンジージャンプ台に向かって歩き出す。 1人の男が立って、サオリが近づくのを待っている。 特別整った顔ではなさそうなのに、なぜかイケメンに見える。自信に満ち溢れているというか、全てが上手くいっている絶好調の人が持つオーラというか。生き生きと輝いているその男の姿が、ここは健全なバンジージャンプ場所ですと言っているような気がする。 「こんにちは。あの、このバンジー、まだ現役ですか?」 「はい。現役ですよ。挑戦してみますか?」 男が答える。 「あの、このバンジーは、あの、えっと、何て言うか、その、一方通行でしょうか?」 「ああ。」 男はサオリの顔を見つめ、とても優しく微笑むと、 「一方通行をご希望なら、それも体験できますよ。ただし、体験前に、手紙を書いていただきますが。よろしいですか?」 サオリは考えた。そうか、きっと事故とか殺人じゃないと証明するために必要なのね。あくまでも本人の意思で飛び降りたと証明しなくちゃいけないもの。と。 「わかりました。手紙を書きます。そして、一方通行で、お願いします。」 男は爽やかな笑顔で足元にある大きな四角い木の箱から、真っ白な紙と鉛筆を取り出すと、 「ここに、挑戦する理由と、一方通行の行った先で、どんな風に生きたいかを書いてください。」とサオリに差し出した。 「はい。」 受け取るとサオリはこれまで友達ができなかったことや卒業式はいつも1人だったことなど、もう友達作りに疲れて考えるのも憂鬱だということを、この先ずっとこの憂鬱を抱えて生きるのが嫌になったということを一気に書いた。そして、死後の世界では、沢山の友達に囲まれて毎日楽しいイベント三昧で、これまでに見てきた同級生達のように華やかな自分でいたい、 と書いた。 書き終わって手紙を渡すと、男はそれを箱に入れて、「さて、支度をしましょう。」と バンジージャンプの装具をサオリにつけ始めた。 え?なぜ装具を?というサオリの疑問に答えるように男は喋り始めた。 「あなたはあくまでもバンジージャンプを楽しむためにここに来ました。私は適正に装具を装着して、ここに安全帯を繋ぎます。ただし、この部分はあなた自身が外すことができます。ここを外してから飛べば、あなたはその瞬間から、思い通りの世界に行ける、ということです。わかりますか?」 サオリは金具を手で触ってみる。冷たい。が、意外に力を入れずに外せることを確認する。 「さ。準備はできました。カウントダウンはしませんので。行ってらっしゃい!」 サオリはもう友達作りに悩まされない世界のことを思い描いた。自分が何もしなくても向こうからどんどんサオリの所にやってきて、勝手に喋って勝手に楽しんでそれで満足していつもそばにいる沢山の友達のことを、思い描いた。 一歩、一歩、台の端へ進む。 そして、今自分の思い描いた光景にうんざりした。そんなの、うざい。構わないで、放っておいてよ。と思った。 もうやだ‥ 「推理小説好きですか?」 男が唐突に聞いてきた。 「え?あ、はい。小説は好きですが。」 「もうすぐ犯人がわかりそうって時に、ねーねー聞いて聞いてって前の日のテレビの話題振られたらどうしたらいいと思います?」 サオリは男が何を話し始めたのかと思いながらも、 「それは、ちょっと待ってもらうとか、はっきり今は読書中だから後でと言うとかしたらどうですか?」と答えた。 「じゃあ、大して美味しくない色とりどりのケーキを食べるために丸一日費やすのってどう思います?」と、男はさらに聞く。 「美味しくないのがわかってるのに食べに行くんですか?あの、彼女さんとのことですか?それ。」サオリは男が、彼の彼女との事を話しているのかと思い、少しは気を遣った答えをしようかとも考えたが、今、自分が飛び降りようとしているこのタイミングで、何を気にすることがあるか、と思い直し答えた。 「食べたくないなら始めから断ればいいんじゃないですか?彼女1人で行けないわけじゃなし。」 「そうかなぁ。でもそれじゃ喧嘩になりませんか?他人と同じ事を楽しんで仲良くし続けていなくちゃいけないですよね?」と男は言い返してきた。 「自分が行きたいなら行けばいいし、行きたくないなら行かなきゃいいだけだと思います。それに、仲良くし続けるのは、お互いが相手を思いやることから始まるわけで、どちらか一方が我慢すればいいってことじゃないと思いますけど。って言うか、これ、何の為の質問ですか?私、今あなたの恋愛話聞く状況じゃないと思うんですが。その前にまず、私あなたの恋愛話を聞きたいとも思わないし。」 もう飛ぼうかとサオリが構えていると、男は 「いつ飛んでも大丈夫ですよ。スマイル!でどうぞ!いつでもスマイル!これ大事ですもんね!」 これには流石にサオリも頭にきて、 「スマイル!スマイル!ってそんなに笑顔って大事ですか?悲しい時に悲しい顔して、痛い時には痛い顔、ふきげんなら不機嫌な顔でよくないですか?」と声を荒げた。 「これは僕の独り言みたいなものです。あなたも僕と同じで1人が似合う人なのかなと思っただけです。 あ、金具を外すのを忘れないで。」 サオリは少しムッとした。1人が似合うって何?友達ができないってこと?からかってんの?あーあーもうやだ。どーせ私には友達がいませんよ。それを、こんなところに来てまで赤の他人に馬鹿にされるなんて。ますますさっさと飛びたくなったわ。 サオリは金具を外し、弾みをつけようと少し屈んだ。 男は喋り続けている。 「ほら、似合う服を見つけた時って嬉しくないですか?サイズも色も好みもぴったりな自分の好みの服を見つけて、着てみるとそれがとても自分に似合ってた時。そんな感じです。1人の時間が充実してて、自分で行きたい場所に行けて、何が好きか嫌いかもちゃんと分かってる。これはもう、1人が似合うってことじゃないかなと。」 喋り続ける男の声を背中に、サオリは両足を台の端で踏み切った。ぴょんと上に跳ねた時、背後の男の言葉が急に大きく耳元で響いた。 「人はね、自分に似合う服を着こなしている時が最も輝いて見えるんですよ。本来のその人の魅力が、隠しきれない程輝き出てしまうんです。僕は1人が似合うんです。だから、輝いてるでしょ?僕には彼女も友達もいませんが、それは僕に似合わないものなので、構わないんですよ。」 遠ざかっていく男の声を聞きながら、サオリは、 ああ、そっか。 と思った。 1人でいいんじゃん。1人が似合うんだから、無理して友達作らなくたっていいんじゃん。 なぁんだ、似合う服をわざわざクローゼットに仕舞い込んでいたのは自分だったのか。 似合わない服を取っ替え引っ替え着ては、自信なくゲンナリする必要なんて、無かったのか。 でももう遅いよ。あの人、なんで飛ぶ前に全部話してくれなかったんだろう。あ、その前に私が自分で跳んだわ。 もったいなかったなぁ、私の命‥ ほんと、 もうやだ‥
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