最低で最悪のサプライズ

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 ■    夫の会社勤め最後の日。  夫が普段通り出勤した後バタバタ掃除洗濯を済ませて、私はキッチンのテーブルの上であーでもないこーでもないと夜の献立を考え始めた。十五分ほど考えて献立が決まり、街まで軽自動車を走らせる。  スーパーである程度の食材を買い揃えて、その足で商店街の馴染みの鮮魚店に立ち寄り、綺麗なピンク色した真鯛を丸々一尾買い求めた。 次にお隣りにあるこれまた馴染みの酒屋で、ご主人一押しのシャンパンも奮発する。  ささやかながら退職祝いの用意だ。  家に戻り、買って来た食材たちをテーブルに並べて落ち着くと、次はやおら踏み台に乗り、食器棚の上の奥のほうから滅多に使わない漆の器なんかひっぱり出してみた。  途中お茶の時間を何度もはさみながらの作業も無事に終了して準備は万端整った。    夕方になり鯛の塩焼きの香ばしい匂いが漂うリビングでテレビを見てひと息ついていたら、いつの間にか午後七時前。そろそろ夫が帰って来る時間だ。  鏡の前でエプロンを外して髪を撫でる。  ふと、明日からの新たなる二人の生活が頭を過り、真鯛の影響でもないだろうが何とはなしに淡いピンクの口紅に手が伸びた。──がしかしピンクの口紅などさして多少いつもと違う思いで夫を待っていた私は、このあとすぐ、長い人生で微塵にも考えたことのなかったとんでもない厄災に直面することになる。
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