最低で最悪のサプライズ

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 そして私が上がり框に立つと同時に、外からカチャっと鍵が回ってドアが開いた。玄関に入った夫は会社で頂いたのか赤い花束を片手に抱えている。しかしどうしたのかカバンを持ったもう片方の手で、ドアを外に開けたまま背後を気にしてる様子なのだ。  不思議に思ったがシミュレーション通りの動きが止まらない私は、玄関の中途半端な位置に立っている夫に精一杯の労いの気持ちを込めてそのシミュレーション通りに、 「あなた、おかえりなさい。長い間本当にお疲れさまでした」    と言って、笑顔で花束とカバンを受け取ろうと両手を差し出した。そこでやっと夫が私の方に顔を向けた。がしかし、ん? 目の前の情景には何か違和感がある。 けして夫の立ち位置の問題ではない。これは間違い探し? それともアハ体験?    え……?  何……?    私は目を(しばた)かせて、よくよく見た。    え……?  何なの……?  この違和感。  今思えばあの違和感の正体を私の脳がすぐに認識できなかったのは、あれぞ電光石火で始まった現実逃避というものだったのだろうか。  いや本当は夫の言葉を待つこともなく、脳が瞬時にそれが何であるかを完璧に認識したからこそ、私の体は拒んだのかもしれない。 しかしあのような状態に陥ったことは妻という生物の本能としては無理もないことだったと思うし、この話を聞いて笑う人はいないと思う。  私の脳が正しい現実を見ようとせずに逃げに走ろうとした理由は、それは何って、若い女性が……三歳くらいのちっちゃな男の子の手を引いた若い女性が、夫の背後にうすぼんやりと立っていたからだ。  ほんのすぐ目の先にいるにも関わらずという見え方は、激しいショック状態に陥った際に衝撃を緩和させるために発動されるフィルターのようなものなのだろうか。  それはまるで中途半端な透明人間のような見え方だった。  私は羽をばたつかせて現実逃避しようとする自分をどうにか現実に踏み留まらせ、目を細めてその見え方を正しく修正した。そして本能の認識に逆らい、結論づけた見知らぬ母子の正体とは、    背後霊    だった。
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