廻る世界と煌めく星

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「ねぇ、シン」  街を見渡せる丘の上。そこにあるベンチに座って本を読んでいた親友――コウが唐突に俺の名前を呼んだ。何時間も無言で本を読むコウの隣で、何をするでもなく寂しい街を眺めながら足をぶらぶらさせていた俺には、あまりにも驚きが大きかった。いつもならあと一時間ほど、日が落ちるまではずっと本を読んでいるのに。 「なんだ?」  だからといって俺にその声を無視するという選択肢はなかった。ここに来たあとからずっと目を向けていなかったコウへ目を向ける。数時間ぶりに見たコウは俺を、じっと見ていた。俺とは正反対な真っ白な髪も目も、いつもよりも近い。 「僕ね、物語を読んでいると、いつも思うことがあるんだ」  息がかかるかかからないかの距離。男女が登場する場面なら、キスするしないの、そんなイベントが始まりそうだ。 「例えばシンがこの世からいなくなったとする」 「……唐突だな」  思いもよらなかった続きに困惑した。それにいなくなる――つまり死、なんていういつ来るかも分からない、今すぐにでも起きるかもしれないような嫌なことを言わないで欲しいと思う。こいつとは長い付き合いだが、こいつのことは未だによく分からないことが多い。  いつの間にか近かった顔もある程度離れている。相変わらずいつも以上に俺に視線を送ってきているけれど。 「でも、僕は……天使とか、妖精とか、よく分からない生物にシンをこの世に戻してあげるって言われるんだ」 「ファンタジーかよ。てか、よく分からない生物って何だ」 「うるさい。とりあえず、そう言われる。でもその代償に僕の記憶からシンとの思い出が全て消されるらしい」 「は?」 「さてシンに質問。もしそんなことが起こったら、シンは僕にどうして欲しいのか。僕から君の記憶を消してでもまたこの世に戻りたい? それとも僕の記憶に残ったまま消えていきたい?」  訳の分からない質問だった。いつあるか分からないとしてもそんな状況考えたくもないし、だからといってその展開が起こるなんてありえない。  でも俺の中の答えは、直ぐに見つかった。 「そんなの、記憶に残ったまま消えていきたいと思う。もしまた戻れたとしても、お前とのこの記憶、今までの事を忘れられるだなんて、俺には絶対に耐えられない」 「さすがはシン。僕と全く同じ意見だ。もし僕が君の立場でも、同じことを思うよ」  やはりよく分からない。何が言いたいんだ。 「じゃあ逆。シンが残された側なら、どうする?」 「それは……さっきと違って、お前を戻すことを選ぶと思う。お前との記憶を無くすのは苦しいけど、だからといってお前がいない世界に耐えられるわけが無い」 「わお、シンってば熱烈だね。まあこれも僕も同じ意見だよ。そしてこういう場面が訪れた場合、基本的に今の立場にメインサイドが置かれる場合が多いと思う」 「つまりは?」 「この展開が訪れる作品は、基本的に主人公は記憶を無くして大切な人を戻すんだ」 「はぁ……」  結局よく分からなかった。それがなんだと言うのだろう。だがそれだけで終わりではなかったらしい。さっきまで読んでいた本を俺に見せるかのように胸の方へ持ってくる。 「だから、この選択は、相手のことを何も考えずにしてしまう。そう、ここにそんな展開が訪れる本がある」 「おい、ネタバレすんじゃねぇ」  コウが読み終わったあと貸してもらおうと思っていたのだ。本はそこまで好きではないが、面白そうな本はたまに貸してもらって読んでいる。今目の前にある本は題名が俺の興味をそそるものだった。 「まあまあ」 「……別にいいか。とりあえず何が言いたいのか、ごちゃごちゃ言ってないで話せ」 「ええ、さっきから言ってるじゃないか。この本のようにそういう展開の方が沢山ある。僕が読んでいる作品の中でもう五回くらい見た。でも正直僕はこの展開が好きじゃない。だからもしシンが残された側になったら、僕との記憶を残してねって。そういう話をしたかった」 「さっきからそんなこと言ってなかった。てか、それだけか?」 「うん、それだけ。なにかダメだった?」  はぁぁとため息が漏れそうになる。いい加減こいつがこういうやつだと理解出来ていない俺も少しは悪いと思わなくもないが、それとこれとは話が別だ。こんだけ引っ張って話すとは何事かと思ったのに、そんな結末だなんてと肩透かしをくらった気になる。いい気分にもなれない。 「ダメではないけど、ちょっとなぁ」 「じゃあ次に行こう」 「おいまだあんのかよ!」  ツッコミ役の芸人のように右手の甲をコウの胸に叩きつけてやりたくなった。もちろん、甲とコウを掛けてそんなことをしたい訳では無い。 「こっちの方が比較的多いかなって思う展開だけど、今この状況で言うのは憚られる内容。でも聞いてくれる?」 「それは別にいいが」 「じゃあ言わせてもらうね。一年後のこの世界は、人も動物もいなくなって破滅しています」  瞬間的に息が詰まって、次は咳が止まらなくなった。俺がこうなることを予想していたのか、コウは直ぐに背中をさすって調子を戻そうとしてくれる。  本当はこの先を聞きたくないと思った。確かに今言うのは憚られる話だ。でも聞かなくては行けないこともわかった。何とか平常を保とうと必死になる。 「ありがとう、大丈夫。続けろ」 「それなら……。そしたらね、またよく分からない生物が言うんだ。もし今君がこの世からいたという記録や記憶すらも消えてくれるのならば世界を元に戻してあげよう。壊れ始める前、死んだ人間も記憶も何もかも――と」 「また、よく分からない生物かよ」 「いいでしょ、それくらい。実際よく分からないもん、天使とか精霊とか。とりあえず、その場合シンが消えてしまう立場なら、どうする?」  そんなの……と思った。選択の余地なんてない問題だろう。 「世界を元に戻す。それしか選べないだろ。例え一緒にいられるとしても一年で、しかもその間に悔いの残らないように過ごす、だなんて出来ない。時が経つにつれて世界は少しずつ破滅していくんだろ? 元に戻すしかない」 「例えそれが自分自身を消すことになったとしても、か。僕もそうだし、残される側になったとてそれは変わらない。シンもそうだろう?」 「そ、うだ……な。あぁ。でも本当にそうなってしまったらきっと、俺は直ぐに自殺でもしてしまうかもな」  気持ちが落ち着かないまま表面上だけ落ち着きを取り戻した俺は、少しだけコウに笑いかけた。目の前のそいつは少し困った顔をしている。普段表情筋が死んでいるコウにしてはとても珍しい。でもそれで俺の答えは正解で不正解だということが分かる。いや、顔なんて見なくても、わかった。 「お前がいない世界なんて考えられない。お前がいないなら俺は生きている意味が無い。全て正直に話すなら、世界も要らない。あと一年生きられなくてもいい。お前と一緒に死ねるなら、なんだっていい。そういう話を、していただろ?」  だからと言うべきか、俺はコウのもっと困った顔がみたくなって意地悪なセリフを重ねる。どうせ最後なのだろうから、いいだろう。実際どんどん困ったような、それでいて辛そうな表情になっていく。 「でも……そう言ったら、コウが余計辛い思いをするのは分かってる。だからもしそんな時が来たら、お前が望むように行動するよ」  見るに耐えなくなってしまった。わざわざ言われなくても、これがこいつの言いたいことだと言うのは理解出来ている。  コウは俺に抱きついた。ごめん、ごめん。普段あまり表情の変わらないコウが、今日だけはどんどん変わる。こんな状態を見たのも久しぶりだ。  だからこそ分かる。わかってしまう。この俺の予想はきっと正解なんだ。信じたくない。信じられない。けれど、いきなりあんな質問をぶつけたこいつだ、間違ってはいないのだろう。この世の人間のものとは思えない真っ白な髪、瞳、肌。ずっと昔になんでそんな容姿なのかと聞いたことがあった。確かあの時コウは、天の使いだから、と言っていたような気がする。ただの冗談だと思って流していた。けれど、きっと本当なんだ。  段々と壊れていく世界。二年ほど前から世界はどんどん崩れ始めた。専門家ですらも原因はよくわかっていないようだった。ただその結果だけは、明確だった。  天候はおかしくなり、土地は荒れ果て、原因不明の病で人々は死んでいったのだ。人口は日毎に減っていっている。俺たちもいつ死ぬのかと、だからこそ最近は毎日ここで何時間もゆっくりと過ごしていた。 「シン、そうだよ。きっと、君が思っている通り。僕は天の使い。でもどうしてもこの地で生きてみたくて、本来許されていない天の使いの転生をしてしまった。ただそれがこの事態を引き起こしてしまったんだ。僕が来たことで世界は乱れてしまったらしくてね。昨日の夜、それを仲間が伝えに来てくれたんだ」  予想はしていたけれど、本人の口から伝えられる事実は受け止めるのに時間がかかった。 「だからお前が今すぐ戻れば、また元に戻せるのだってね。それで、一日だけ猶予を貰ったんだ。シンとのお別れのために。そしてこの世界の行く末を選んでもらうために。」 「この世界の、行く末?」 「そう。世界を元に戻すか、戻さないか。君に決めてもらおうって、仲間がね。さっき色々質問したのはそのため。仲間たちはこの世界がどっちに転ぼうともいいと思ってる。でも僕はこの世界が好きだから、破滅して欲しくない。だから君に、戻すことを選んで欲しいんだ」 「そんな、いきなり言われても頭が追いつかない」  想像していたよりも大きい問題だった。  俺がこの世界の命運を決めるって。親友か世界か……そんなの、さっき言ってしまった。 「戻すことを選ぶしか、ないんだろ」 「そうだね」  選択の余地なんて、よりいっそう無くなっていた。そしてコウは、俺の前から消えてしまうんだろう。  記録も記憶もということは、俺がこいつとすごした思い出もなくなってしまうということだろうか。いや、もしや違う? 「でももしかして、戻ったとしても、お前が消えてしまったとしても、俺の中にだけはお前との思い出も残っている?」  こいつが意味のない質問をしたわけが無いと思う。それならばきっと、あっているはずだ。  コウは涙を零しながら、笑った。 「正解」
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