天使のささやきにのせて

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卒業式を一か月前に控え、ムルクク魔法学院の雰囲気もそわそわしたものに変っていた。 サマンサは、七年生。 九年生が卒業を迎えるために、お別れ会や式の準備に追われていた。 式では、学園の一番高い時計塔の尖塔から白い鳥に変身し、卒業生を見送ることになっている。 七年生にもなると下級生に下手なところは見せれない、と思うけれど、七年生になっても肝心かなめの変身ができずにいた。 ムルクク魔法学院は全寮制だ。 九歳から入寮し、上の子が下の子を見るように部屋を割り当てられられるため、同学年ではなく、学年はバラけていた。 部屋は六人部屋。 二段ベッドと、各一人ずつに、仕切られた机と棚が入るほどのスペースが割り当てられている。 サマンサは夜になり、寝静まったのを見計らい、二段ベッドから降りた。 窓辺に立ち星空を見上げ、こっそり逃げれないものかと考えた。 と、そこへ――。 「サマンサ」 誰も起きていないと思っていた。 ぎょっとして振り返った。 後ろに立っているのは、二つ上のアデーレだった。 背中まである艶やかな黒髪に真っ黒な黒真珠のような瞳が、彼女を妖艶に魅せている。 窓から入る月の光が、彼女を美しく照らし出した。 「び、ビックリしました。お姉さま、どうされましたか?」 ドキドキする胸を押さえながら問うた。 彼女は、ニコリとほほ笑むと、隣に並んだ。 ふわりと、ローズの匂いが鼻腔をかすめた。 入寮した時から、姉であり、友達であり、いい相談相手だった。 もうすぐ、彼女は卒業してしまう。 だからこそ、恒例にしたがって、白い鳥となり送り出したいという気持ちがあるのに、変身出来ないことに焦りを感じていた。 長いまつ毛の奥の黒真珠が、サマンサを捕らえた。 「悩みごと?」 胸の内を見透かすような瞳に、あがなうことなどできず、 「はい」 と、頷いた。 しかし、悩みを率直に話すわけにもいかない。 「もうすぐ、卒業されるのかと思うと寂しくなります」 と誤魔化した。 ピンクローズのふっくらとした唇が、柔らかく笑む。 「一時のことです。サマンサもには再来年には卒業でしょう?」 二年などすぐに来ると言う彼女。 長い年月を生きる魔女にとっては二年など一時に過ぎない。 けれど、卒業式に行う、その一時のことを悩んでいた。 なんでも卒なく熟すアデーレは、困ったことなどないように思える。 「お姉さまは、出来ないこと無いのでないのでしょ」 独り言のような、質問のような言葉に、眉を寄せるでもなく、フフっと笑みを浮かべた。 「人の苦労や悩みなどは、自分以外の人には計り知れないものです」 「……、そう、ですか」 自分にも悩みはあると言っているのだろうか。 例え悩みがあっても見せないところが、アデーレが優秀だということを示している。 「わたしもお姉さまのようになりたいです」 「あら、サマンサを慕う下級生も多いでしょう」 「慕うに値しません」 サマンサは、何を見て下級生たちが慕うのかわからなかった。 自分の何を見て慕っているのだろう。 アデーレはすっと白い手をサマンサのほほにあてた。 手から優しい温かさが伝わってくる。 「そんな風に言っては、慕う下級生が可愛そうです。魔法を軽々と扱うかう姿は、ほれぼれします」 上辺だけで言っているのではない。 真っすぐにサマンサを見る目がそう語っている。 サマンサは、魔法では学年にも上級生にも負けないという自負はあった。しかし、それは変身魔法を除いてのこと。 まだ、冴えない顔をしているサマンサをアデーレは心配そうに見つめた。 ここで、語れれば楽になるのだろうか。 不安ごとを、吐き出してしまえば、それはなくなるのだろうか。 答えは『否』だ。 言っても変身するのはサマンサ自身。 送り出す対象のアデーレに相談することではない気がした。 すると、もう片方の頬にも手が添えられた。 「心配事は、白い鳥でしょうか?」 困った様にほほ笑むアデーレを、見開いた目で見つめた。 「何年一緒に過ごしたと思っていますか? もう、七年です。良い所もそうでない所も、好き嫌いだって知っています」 もう一度、「心配事は、白い鳥?」と問うアデーレに隠しごとなどできないと悟ったサマンサは、頬に添えられた手に自分の手を重ねて、肯定の意味を込め目を閉じた。 アデーレは、頬から手を放し、代わりにサマンサの手を取って、近くにあった椅子に座らせた。 向かいにある、もう一つに椅子にアデーレも腰をかけた。
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