2人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
卒業式を一か月前に控え、ムルクク魔法学院の雰囲気もそわそわしたものに変っていた。
サマンサは、七年生。
九年生が卒業を迎えるために、お別れ会や式の準備に追われていた。
式では、学園の一番高い時計塔の尖塔から白い鳥に変身し、卒業生を見送ることになっている。
七年生にもなると下級生に下手なところは見せれない、と思うけれど、七年生になっても肝心かなめの変身ができずにいた。
ムルクク魔法学院は全寮制だ。
九歳から入寮し、上の子が下の子を見るように部屋を割り当てられられるため、同学年ではなく、学年はバラけていた。
部屋は六人部屋。
二段ベッドと、各一人ずつに、仕切られた机と棚が入るほどのスペースが割り当てられている。
サマンサは夜になり、寝静まったのを見計らい、二段ベッドから降りた。
窓辺に立ち星空を見上げ、こっそり逃げれないものかと考えた。
と、そこへ――。
「サマンサ」
誰も起きていないと思っていた。
ぎょっとして振り返った。
後ろに立っているのは、二つ上のアデーレだった。
背中まである艶やかな黒髪に真っ黒な黒真珠のような瞳が、彼女を妖艶に魅せている。
窓から入る月の光が、彼女を美しく照らし出した。
「び、ビックリしました。お姉さま、どうされましたか?」
ドキドキする胸を押さえながら問うた。
彼女は、ニコリとほほ笑むと、隣に並んだ。
ふわりと、ローズの匂いが鼻腔をかすめた。
入寮した時から、姉であり、友達であり、いい相談相手だった。
もうすぐ、彼女は卒業してしまう。
だからこそ、恒例にしたがって、白い鳥となり送り出したいという気持ちがあるのに、変身出来ないことに焦りを感じていた。
長いまつ毛の奥の黒真珠が、サマンサを捕らえた。
「悩みごと?」
胸の内を見透かすような瞳に、あがなうことなどできず、
「はい」
と、頷いた。
しかし、悩みを率直に話すわけにもいかない。
「もうすぐ、卒業されるのかと思うと寂しくなります」
と誤魔化した。
ピンクローズのふっくらとした唇が、柔らかく笑む。
「一時のことです。サマンサもには再来年には卒業でしょう?」
二年などすぐに来ると言う彼女。
長い年月を生きる魔女にとっては二年など一時に過ぎない。
けれど、卒業式に行う、その一時のことを悩んでいた。
なんでも卒なく熟すアデーレは、困ったことなどないように思える。
「お姉さまは、出来ないこと無いのでないのでしょ」
独り言のような、質問のような言葉に、眉を寄せるでもなく、フフっと笑みを浮かべた。
「人の苦労や悩みなどは、自分以外の人には計り知れないものです」
「……、そう、ですか」
自分にも悩みはあると言っているのだろうか。
例え悩みがあっても見せないところが、アデーレが優秀だということを示している。
「わたしもお姉さまのようになりたいです」
「あら、サマンサを慕う下級生も多いでしょう」
「慕うに値しません」
サマンサは、何を見て下級生たちが慕うのかわからなかった。
自分の何を見て慕っているのだろう。
アデーレはすっと白い手をサマンサのほほにあてた。
手から優しい温かさが伝わってくる。
「そんな風に言っては、慕う下級生が可愛そうです。魔法を軽々と扱うかう姿は、ほれぼれします」
上辺だけで言っているのではない。
真っすぐにサマンサを見る目がそう語っている。
サマンサは、魔法では学年にも上級生にも負けないという自負はあった。しかし、それは変身魔法を除いてのこと。
まだ、冴えない顔をしているサマンサをアデーレは心配そうに見つめた。
ここで、語れれば楽になるのだろうか。
不安ごとを、吐き出してしまえば、それはなくなるのだろうか。
答えは『否』だ。
言っても変身するのはサマンサ自身。
送り出す対象のアデーレに相談することではない気がした。
すると、もう片方の頬にも手が添えられた。
「心配事は、白い鳥でしょうか?」
困った様にほほ笑むアデーレを、見開いた目で見つめた。
「何年一緒に過ごしたと思っていますか? もう、七年です。良い所もそうでない所も、好き嫌いだって知っています」
もう一度、「心配事は、白い鳥?」と問うアデーレに隠しごとなどできないと悟ったサマンサは、頬に添えられた手に自分の手を重ねて、肯定の意味を込め目を閉じた。
アデーレは、頬から手を放し、代わりにサマンサの手を取って、近くにあった椅子に座らせた。
向かいにある、もう一つに椅子にアデーレも腰をかけた。
最初のコメントを投稿しよう!