ツクモ神最後ノ日

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 “かつ丼”はお察しの通り彼女の好物から名付けられており、付き合いは約十年ほどになる。七海は友達のようにかつ丼と接し、一人でも寂しくなくなった。  母親は一人娘の七海を溺愛していた。彼女をいつでも心配し、惜しむことなく愛を注いでいる。だから初めて自分の目の届かない遠い場所へ進学したいと聞いて、猛反対した。  そして隣県へ行くことになった場合、七海は大事にしているかつ丼も持って行くのだろうとも思っている。自分とは離れ離れになるのに、かつ丼は連れて行く……つまり母親は、かつ丼に対して嫉妬もしているのだ。 「何で大事な一人娘の夢を、素直に応援してあげられないのかなぁ……」 「ブ~」 「大好きだから離れたくないだけだと言うとる」  かつ丼は、自分が存在することでこれ以上、七海と母親の関係を悪化させたくないと思っているようだ。忌一には、かつ丼が短期間で付喪神になれた理由がなんとなくわかった気がした。  おそらくかつ丼は、七海からの愛情と、母親の七海に対する愛情で付喪神になれたのだ。しかしその二つの愛情が執着となり、二人の仲に亀裂を作り始めている。 (執着、か……)  忌一は自分の高校時代のことを思い出した。人ならざる者が見えるせいで、人間の友達が一人も作れなかったことを。関わるべきではないとわかっていたのに、幽霊の親友と楽しく過ごしてしまった三年間の学校生活を。  そして忌一の生気の方が枯渇してしまい、早めに学校からも親友からも卒業することになったことを。 「卒業か」  七海も母親もかつ丼も、卒業するべき時がきたのかもしれない。  忌一は久縁寺へと戻り、住職にかつ丼を渡して最後までお焚き上げに立ち会った。それは日が傾く頃まで続き、かつ丼を含め境内にあった物の全ては、空高く燃えるオレンジ色の炎の中へくべられた。  燃え残った灰は、永遠に続きそうな住職の読経をBGMに、火の粉と一緒に澄み渡る空へ高く高く昇っていった。  天高く昇った九十九(つくも)の神の魂は、注がれた愛の分だけ彼らの幸せを願い、これからも見守り続けていくのだろう。 <完>
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