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松原忌一には、高校時代の三年間を幽霊に憑りつかれたまま過ごしたという過去がある。物心つく前から人ならざる者が見える体質のせいで、その三年間は“憑りつかれた”という認識ではないのかもしれないが。
とにかく彼が初めてこの久縁寺へ訪れた時にはすでに、霊によって生気を極限まで吸い取られており、この寺で数か月の静養を余儀なくされた。
この久縁寺は普通の寺とは違い、祓い屋のようなことも請け負っていて、霊によって引き起こされる様々な現象から人々を救っていた。なので医者に匙を投げられた忌一が、最後にこの寺を頼ったのも偶然ではない。
数か月前、十年ぶりにこの寺へ突然訪れた忌一だったが、「駅で見つけた」と言って自殺を繰り返す女性の霊を連れて来たのも、決して気まぐれではなかった。
そもそも彼が学生時代霊に憑りつかれたのも、その優しい性格が災いしたわけだが、この時も彼女を成仏させるために再びこの寺を頼ったのだ。
「いや、虫の知らせがありまして……」
「虫の知らせ?」
住職が目を凝らすと、忌一の肩に小さな黒いモヤのようなものが乗っているのが見えた。忌一はそれを「式神」と呼んでいた。
十年の間に忌一は、陰陽師の修行をし、式神を使役するまでになっていた。が、何故か除霊をするというような祓い屋の仕事は一切出来ないらしい。
住職は修行により霊の姿を見ることは出来るが、忌一の式神の姿をハッキリと見ることは出来なかった。人ならざる者の中には幽霊の他にも、異形と呼ばれる妖怪や精霊のような類もあり、式神はどちらかと言えばそちら側に近い。ハッキリとは見えないが、おぼろげとしてなら存在を視認することができた。
「正確に言うと俺の式神が今朝、雀から言づてを貰ったんです。『久縁寺へ早く来い』って」
「誰から?」
「それがわからなくて。とりあえず来てみたんですが……ところで今日は一体何をやってるんですか?」
「あぁ、これか? これは“お焚き上げ”だ」
お焚き上げとは、お札やお守りなど粗末に捨てられないものを神社やお寺で炊き上げるのが、一般的に知られる儀式だ。他にも故人が大事にしていたものなどを供養するという側面もある。
だがこの久縁寺でのお焚き上げは、少しその意味合いが変わっていた。
「この寺には霊現象を引き起こす物や、所有者へ悪影響を及ぼす物を引き取って欲しいという依頼もある。それらを預かり、ある程度集まったところでお焚き上げして供養するんだ」
「へぇ~。この箱全部ですか?」
「あぁ。中身を見てみるか?」
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