ツクモ神最後ノ日

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 住職は足元近くにあった大きめの箱を手に取り、忌一に渡した。(ふた)を開けるとそこには、ごく一般的な日本人形が入っている。 「そんな悪そうな物には見えないけどなぁ……」 「それは髪が伸びるだけだしな。それでも普通の人間にとっては、気持ち悪くて手放したいんだろう」 「これも焼くんですか?」 「この数を見てみろ。ずっと預かっているわけにもいかんだろう?」  縁側の庭にはこれでもかと箱がひしめいている。中身は様々で、ここ近年流通していたであろう子供用の音の鳴る玩具や、楽器類、雛人形、五月人形、ぬいぐるみ、掛け軸に茶器、鎧兜に刀など、そのまま骨とう市でも開けそうな状態だ。  よく見るとその中にはいくつか、お札のようなものが貼られているものもある。 「このお札は何ですか?」 「おい! ()がすなよ? 危ないから。札が貼ってあるのは、持ち主に害を及ぼす物だ。その札で一時的に力を封じてはあるがな。応急処置のようなものだ。剥がせばまた悪さをする」  札が貼られたものには、掛け軸、刀、鎧、日本人形などがあった。掛け軸は、所有しているだけでその家の家長となる男性が早逝(そうせい)してしまうのだという。絵に使われている赤い染料に、本物の人間の血が混じっているのが原因と思われた。  刀や鎧は実際に戦で使用されたことで、殺された人の怨念がこびりつき、所有者に仇なすというのは多々あることだという。日本人形については、所有者が異常に大事にしたことで死後も執着の念がこもり、次の所有者に災いをもたらしてしまうらしい。  どれも波長の合う霊感の強い人間が持つだけで、病気や怪我に見舞われてしまうのだと。 「忌一を呼んだのは、付喪神(つくもがみ)ではないか?」  突然、しわがれた老人のような声がした。住職が咄嗟に忌一を振り返ると、彼は自分の肩の上の黒いモヤを見つめている。 「今のが忌一の式神の……」 「ええ。“桜爺(おうじい)”って言います。彼、物知りで」 「付喪神って……ここにあるどれかが、雀を使って忌一をここへ呼んだというのか?」  付喪神とは、長い年月をかけて使いこまれた道具などに、精霊などの魂が宿ったもののことをいう。 「そうかもしれません。ちょっとここにある物を調べてもいいですか?」 「それは構わんが……」  許しを得ると忌一は早速しゃがみ込み、足元にひしめく箱のふたを一つ一つ開けて中身を確認し始める。 (付喪神が呼んだなど、俄かには信じがたいが……)  しかし依然として、忌一の肩には小さな黒いモヤの存在がある。それは先程しわがれた老人の声を発し、それをはっきりと耳にした。  住職は今まで、霊以外の人でないものをハッキリと目にしたことはなかったが、目の前の忌一が己の式神と会話しているところを見せつけられると、異形や付喪神といった存在が絶対にこの世に存在しないなどとは、口が裂けても断定出来ない。  修行の甲斐あって今は霊を見ることが出来るが、以前は感じることしか出来なかったし、世の中には霊すら全く見えない人間も沢山いるのだ。  お札が貼られた物を避けながら、忌一は一つ一つ丁寧に中身を確認していた。時には日光にかざし、時には声をかけ、時には式神と相談しながら。そんな忌一の姿を見ていると「厄介な身体に生まれたもんだな」と、同情の眼差しを向けずにはいられなかった。
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