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ぬいぐるみに焦点を合わせ、再び周囲を見回す。すると端の方に、サッカーボールほどの大きさで丸みを帯びたぬいぐるみを発見する。
売られていた当初はもっと綺麗なピンク色をしていたのだろうが、今は大分汚れて薄茶色になっていた。それをおもむろに手に取りよく見れば、ブタの姿をしている。
「君が“かつ丼”か!」
「ブー!」
「雀を使って俺を呼んだ?」
「ブブー!!」
発見されたことに興奮しているのか、かつ丼はずずいと忌一の顔面へ近寄る。音としては不正解のように聞こえるが、豚の鳴き声だと思えば正解なのかもしれない。
「かつ丼は言葉が話せないのか?」
「付喪神になってからまだ日が浅いようじゃの」
桜爺によれば、付喪神とは本来この世に物として長い年月をかけて存在しなければ、異形の依り代にはなり得ないとのことだった。だがこのかつ丼に至っては、所有者に並々ならぬ愛情を注がれたのか、通常よりも短期間で付喪神になれたようだ。その代わりと言っては何だが、まだ人の言葉が上手く話せないでいる。
「じゃが言わんとしていることはわかるぞ。忌一に何か、緊急で助けて欲しいことがあるようじゃぞ」
「助けて欲しいこと?」
「尻を開けろと言っておる」
「し、尻ぃ?」
言われるがままにかつ丼をひっくり返すと、尻にあたる部分に短めのジッパーが付いていた。開けて中へ手を入れると、中には小さな硬めの紙が一枚入っている。
「これって……大学の受験票? しかもこれ、受験日今日だぞ」
「それを持ち主に届けて欲しいそうじゃ」
「えぇ!?」
思わずかつ丼を見つめる。その目は黒い半球型のボタンで出来ていたが、心なしか強い意志を感じる輝きを放っていた。
「もう受験開始時刻から三十分くらい過ぎてるよ?」
「ブー!」
「受験会場はここから急行使っても一時間はかかるよ?」
「ブブー!!」
「わかったよ! 行けばいいんだろ、行けば!!」
少しの間豚のぬいぐるみを借りたいと住職に申し出ると、忌一はかつ丼を小脇に抱え、急ぎ足で境内を後にした。
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