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急行列車に揺られること三十分。時刻は午前十時半を回っていた。受験票に書かれた受験開始時刻は午前九時半となっており、おそらくもう一教科は終わっている頃だろう。電車内は朝の通勤ラッシュも終わり、車両も乗車人数もかなり少ない。
がしかし、二十八歳の成人男子が豚のぬいぐるみを持って乗車するのはいかにも異様な光景なので、なるべく見つからないようジャケット内にかつ丼を隠す。中の綿が潰れて「ブー!」と苦情を言われたが、無視するしかない。
受験会場へ向かいながら、かつ丼からこの受験票についての経緯を聞いた。
受験票には川崎七海という名が書かれており、彼女がかつ丼の所有者だった。受験票は彼女が自らかつ丼の中へ入れたのだという。
何故なら七海の母親は、地元大学以外への進学を反対していたからだった。
七海の受験する学部は特殊で、目的地である隣県の大学でないと無いらしい。が、母親は学ぶなら家から通える大学で十分だと、彼女の話を一切聞き入れなかった。逆に父親は七海のやりたいようにすればいいという意見で、猛反対しているのは母親だけだ。
何度説得しても理解してもらえないことを悟った七海は、表面上母親の言うことを聞く振りを見せ、裏ではこっそりと希望大学の資料を取り寄せ願書を提出した。しかし母親が七海の部屋の掃除中に大学資料を見つけてしまい、彼女が高校へ行っている間にその資料を資源ゴミとして捨ててしまったのだ。
その一件から決定的に母娘の仲が悪くなり、七海は大学から送られてきた受験票をかつ丼の中へと隠した。しかし一週間前、またも部屋の掃除でかつ丼の中の受験票を見つけて頭にきた母親が、受験票の入ったままのかつ丼ごと、燃えるゴミの日に捨ててしまったのだ。
が、かつ丼は付喪神だ。
「ゴミ置き場に居たカラスに頼んで家まで運んでもらった!?」
「ブー」
「凄いなそりゃ」
「じゃがそれでは、捨てた母上はさぞ気味悪がったろう?」
「ブ~」
再び七海の部屋に戻ってきたかつ丼を見て母親は気味悪がり、久縁寺へ預けたのが四日前の出来事だ。さすがにもう戻れないと諦めかけていたところへ、忌一の鬼の眼の噂と、今日のお焚き上げの予定を知ったかつ丼は、なりふり構わず雀に言づてを頼んだということらしい。
「まぁでも、あんまり期待はしないでくれよ。もしかしたらもう受験自体諦めてるかもしれないし」
「ブー!」
「絶対に諦めてないと言うておるぞ。見届けるまでは帰らないとも」
「へいへい、わかりましたよ」
列車は受験会場のある最寄り駅へと滑り込んだ。扉が開くと同時に忌一は、厚みのあるジャケットを抑えながら小走りに改札へと向かうのだった。
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