ツクモ神最後ノ日

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 目的の大学へ辿り着くと、キャンパス内は意外にも静かだった。受験日当日だからか、大学生はあまり校内にいないのだ。  門は常に開け放たれていたので、入るのに苦労はなかったが、大学の敷地がまるで国立公園のように広く、迷いそうだった。すでに受験開始から二時間以上が経とうとしている。  緑の多いキャンパス内を、案内看板を頼りに受験者の集う会場を目指す。それらしきレンガ造りの建物へ入ると、入り口付近に事務室があり、中には十人くらいの大人たちが並んだデスクに向かっていた。 「あのぅ……すみません、受験生の落とし物を見つけたんですが……」  すると受付カウンターすぐ近くの女性が立ち上がり、対応してくれたので、持っていた七海の受験票を手渡した。 「あら、わざわざありがとうございます」 「これ、大丈夫ですかね?」 「あぁ、川崎さんね。今朝早めにここへいらっしゃって、仮受験票で受験してますよ。受験票が無くても事前に確認出来れば、受験できますから大丈夫ですよ」 「そ、そうですか」  安堵のせいか脱力のせいか、今朝からの疲れがどっと一気に押し寄せる。中腰で作業していた時の腰の疲労も、急にぶり返した気がした。 「仮受験票なんてあるんだな……」  そう呟きながら事務室を後にすると、再び広いキャンパスを通って帰路へ着く。改めて考えてみると、自分にとって大学のキャンパスというのは、この日が初めての体験だった。  自分にも、このような学生生活を選ぶ道があったのかもしれないと思うと、急に胸の辺りがキュッと締め付けられる。   「かつ丼、良かったな。問題無いってさ」 「ブ~」 「この後どうする?」 「……ブー」  桜爺が見かねて通訳すると、「久縁寺へ戻る」ということだった。それは、かつ丼がお焚き上げされることを意味している。 「受験が終わるまで待って、七海ちゃんに直接手渡すことも出来るよ?」 「ブー」 「戻らないと言うておるな」  「なんでまた……」  かつ丼は、母親がまた気味悪がることを気にしていた。きっと七海は合格し、大学へ進学したら隣県へ引っ越すことになるとも。 「母親にまた捨てられることを気にしてるのか? だったら七海ちゃんに新生活へ持っていくよう俺から言おうか?」 「ブー!!」 「それはダメらしいぞ」 「なんで?」  母親と七海との間がさらに悪くなるからだと、かつ丼は言った。聞けばかつ丼は、七海が小学生に上がって間もない頃、友達が出来ないと悩んでいた彼女のために母親が買い与えた物だった。
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