存在しない部署

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深夜、川村律人は暗くて狭い部屋で椅子に座って腕を組み、パソコンに映る人物の顔写真をじっと見ていた。 警察庁に入庁したばかりの新人が窓際部署に消されたと同僚たちは驚いていたが、やがて交流は途絶えた。 消えた新人、だが配属された場所は窓際ではなかった。 建前上警察は潜入捜査や司法取引はできない。そのやってはいけない仕事を請け負う。正式な名前もない。 川村律人はここ数ヶ月寺島涼真という人物を調べていた。 旭山商事、これも存在しない部署の部長榊雄一郎の愛人。 「儲かる商売ってなんだと思う?」 デスクに体重を預けて量産スーツにネクタイを緩めた姿の上司の水木が自分に尋ねてきた言葉の意味がわからなかった。 「戦争だ」 水木はこともなげに言う。 「旭山商事が武器でも売買しているって事ですか?」 椅子に座ったまま上司を見上げて川村律人は言った。 「どこの企業もパーツは扱ってるよ。ただ今回旭山が手を出したのは」 「核ですか?」 「もう少し厄介だ。まだ正式に実戦投入されたことがないらしく、情報も少ない」 それを調べろっていうのが仕事らしい。律人はため息をつきながらふわりとした髪を後ろにかきあげる。 「で、この男の登場になる」 パソコン画面に写る男。 自分と同じくらいの年だろうか、少し影のある青年。 数日行動調査をした。榊が養っているのか昼から気ままにうろうろしている。住んでいるマンションも普通で少し家賃が高いかなと思う程度で人の出入りもなく一人暮らしのようだった。 これは接触して話をしてみたほうがいいかもしれない。 ここ7年、危険な潜入捜査もこなした。普通の青年に近づくくらいは簡単なように思えた。 だがその話をふると上司の表情が渋る。 「こちらの動きがバレるとまずい。榊雄一郎は用心深い。今まで送り込んだ人間で消されたものもいる」 「そんな人間がどうして寺島涼真だけ近づけているんですかね」 「それは…、まあ。なんとも言えん」 水木の年代では、同性愛に理解を求めるのは無理かもしれない。 「俺達は存在しない人間だ。失敗しても助けは来ない。それを肝に銘じろ」 何の激励にもならない上司の言葉を背後に律人は立ち上がった。
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