思いやり

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思いやり

「うー」 「あれ?ごはんかな?それともおむつかな?」 雄太の声を聞きながら、佐久間トオル(34歳)は考えた。 会話のないコミュニケーションは周囲の状況や表情から読み取るしかないので難しい。そこが、子育ての面白いとこで大変なとこでもある。 結局、おむつの交換をせがまれていたため、早急におむつを交換して、会社へ出勤した。 最寄りの駅まで歩いて15分。皆忙しない顔をして駅に向かっている。 トオルも同じように歩いていると、スマホが震えた。気になって取り出してみると勝手にアプリがインストールされていた。 アプリ名はドリームガチャというもので、ドリガチャ君という、ジョーカーとピエロを足して2で割ったようなキャラクターがこちらを向いて微笑んでいる。そしていきなり喋りだした。 ドリガチャ「はーい おはよう ドリームガチャ支配人のドリガチャ君です。人の欲望は十人十色。あなたの欲望をガチャにかけてみませんか。」 「トオルー 子育てに仕事 人生充実していて何よりじゃないか。それでも悩みがつきないのが人の面白いとこなんだよなー 全く満足してりゃいいのに・・・」 なぜ自分の名前を知っているのか知らないが、最新のアプリはここまで進化しているのか 普段アプリをやらないトオルは思った。 「ま、そんなことどうでもいいけど、せっかくドリームガチャのアプリをインストール出来たんだから、ガチャってくれよな ルールはこうだ」 【ドリームガチャ ルール】 ・ガチャを引けるのは1回だけ、何かの能力が見につく。人生を賭けて引くの  でリセットはできない ・全世界の人の欲望がガチャで出た能力の内容  (“毎日安全な水が飲めるように”という日本では当たり前の内容から、  “海でも呼吸が出来るようになる”という超人的なものまで多種多様な能力が   ある。) ・ガチャのレア度は★~★★★★★まで、レア度が高いほうが希少な能力が多  い ・能力は死ぬまで続く トオル「なるほど、暇をつぶしている暇はないが、どうせ冗談だろ ほれ」 ガチャという音とともに 複数あるカードから1枚が引かれてゆっくりと表向きになった。 ≪レア度:★★★★ 能力:思いやり ≫  人の心の声が常に聞こえるようになる ドリガチャ「出たー 人間にとって最高の能力じゃねぇか。ま、破滅した人間も何人も見てきたけどな その能力をどう使うかはお前次第だ  ドリガチャライフ スタート」 そう言うと、ドリームガチャアプリは勝手にアンインストールされた。 トオル「何だったんだ今のは・・・能力 思いやり(笑)     子供が考えそうな能力だな。あ、やべ 電車に乗り遅れる」 結局5分遅刻して会社に到着した。 トオル「おはようございます。すいません遅くなりまして」 野 村「おはよう。遅刻なんて珍しいな」(遅延でもしたのか) トオル「いえ、電車は通常通りでした。途中でお腹が痛くなって・・・」 野 村「私は電車のことは言ってないぞ? 体調は大丈夫か」    (本当に腹痛か?) トオル「大丈夫です・・・」 トオルは違和感を感じた。上司の野村が喋った後に続いて、 声が脳裏に聞こえるのだ。 トオルは午前の会議でも同様の現象に遭遇した。 ~会議室~ 係長「A案とB案であればどちらがいいでしょうか。」 (B案は捨て案なんだよ。A案で決まりだろ この会議意味あんのかよ) 課長「うーむ」 (部長はどう思っているのか 部長の意見を聞いてからにしよう) 部長「難しい判断だ」   (昨日サユリと最高の夜だった。また会いに行こう) 係員「・・・・」 (腹減ったー 会議ダリー・・・) トオルは気付いた。ドリームガチャの能力が本当だったことに、そして戦慄した。そう。トオルは“常”に人の心の声、つまり本音を聞けるようになってしまったのだった。 あまりの出来事に、午前中の会議後、体調不良を野村に訴えて早退した。その際に、野村の(仮病っぽいな)という心の声も聞こえたが無視した。 ~帰宅中 電車~ 昼の電車は人もまばらだったため、シートに腰をかけると、前に女子高生が座っていた。 女子高生(何 対面に座ってんの?他の席も空いてるんだから わざわざ前に座ってこないでよ おっさん) トオルは顔が熱くなり、慌ててスマホを見てるふりした。 女子高生(スマホで盗撮しようってこと?) ・・・トオルは静かにスマホを鞄にしまった。 この何時間でトオルは大分消耗していた。人の本音が聞けるのは何て厄介なことだろう。 上辺の世界を批判している若者の歌もあるが、上辺の世界じゃないとやっていけない社会は確かに存在するのだ。 ~帰宅~ トオル「ただいまー」 千 佳「おかえりー 大丈夫?」(体調崩すなんて珍しい) 雄 太「だー」(ぱ・ぱ・・) トオルは既にスマホで早退することをラインで送っていたため、千佳が用意してくれた 布団で横になり、状況を整理した。 これから、本音を絶えず聞きながら生きていき、それがいかに大変であるかとうこと。 何かメリットがないかなど 絶えず思考しながら気付いたら眠りについていた。 ・・・ 「おぎゃー」 雄太の鳴き声で目をさました。リビングに行くと、千佳が雄太を抱っこしてあやしている。 千佳「何しても泣き止まなくって」 トオルには、雄太の声が聞こえていた。それは「パパ・・心配」という声だった。普段と違うトオルの様子を見て雄太も違和感を感じたのだろう。そして、トオルが笑顔で抱っこすると雄太は徐序に落ち着きを取り戻した。千佳がびっくりしていたので、自分がいつもと違うので雄太なりに心配していたのではと本当のことを、仮説っぽく言ってごまかした。 ~数日後~ 能力“思いやり”は雄太にとっては最高の能力であった。言葉が喋れない赤ちゃんの本音が分かるのだ。雄太が泣いたら、適切な対応をすることができる。 それは千佳にとっても有難く、最近では千佳から、イクメンとの声もあがっている。 そして能力は、家庭の円満にもつながった。産後鬱っぽかった千佳もトオルが適切な対応を千佳、雄太にすることで徐序に元気を取り戻していった。 しかし、会社だけはどうしても慣れなかった。政治と私欲が混在する世界が垣間見えるのだ。トオルは徐序にミスをするようになり、そのミスについての本音の声が聞こえ、ますます塞ぎこんでしまった。 ~1か月後~ トオルは布団で横になっていた。社会の表裏のある実態を全て理解することで精神的にまいってしまったのだ。限界を迎えた時、精神科に行き“鬱病”として3か月の休職を命じられた。 トオル「俺は、これから社会でやっていけるのだろうか・・・」 トオルは絶望的な気持ちに陥っていた。元来気の強い性格ではないトオルは、人の気持ちを無視して仕事をすることがどうしても難しいのであった。 トオル「ちくしょう。何であんなアプリなんかやってまったんだ」激しい後悔をしたが、どうにかなるわけではない。 布団で横になっていても仕方ないので、気晴らしに散歩に出かけた。 ~街中~ 平日の昼過ぎの商店街は人影もまばらで、サラリーマンだったトオルにはどこか非日常的な感覚があった。 「いらっしゃいませー」 どの店も元気な声が響く。 「今日は、りんごが安いよー」(りんごには蜜がたくさん入ってるよー) 「サンマ 新鮮だよー」(サンマがこの価格は今だけだよ お買い得) 八百屋、魚屋など個人商店をいくつか見て回ったトオルはあることに気付いた。 そう言葉と本音に違いがないのだ。恐らくだが、個人商店などは上司がいるわけでもないお店では、本当にお勧めしたいものや、良い物を軒先に並べて宣伝しているのだろう。 「俺にもこのような世界で生きていたい・・・」 人生の世界を決めるのは、いつだって自分自身であり、見たくないものや聞きたくないものを遠ざければ、その人の世界には存在しないことになる。トオルは改めて生き方について模索を始めた。 ~3か月後~ 千 佳「どう?仕事は順調?」 トオル「ああ、皆満足して俺の評判も高いよ」 千 佳「最初はトオルがそんなことをやるなんて、頭がおかしくなったのかと思ったけど、人には何かしらの才能があるもんなのね。」 トオル「ああ、休職期間で色々考えて俺にはこれしかないって思ったんだ」 トオルは勤めていた会社を辞めて、個人事業主になっていた。 そう。人は誰しも本当のことが知りたいとき、また、自分の決断に背中を押してもらいたい時に“占い”に頼ったりするものだ。 トオルは今、あの商店街の一角で占い屋をやっており、すこぶる当たると有名なのだ。 それもそのはず、相談者の本音が分かるのだから。 手相であれば、簡単な誘導尋問のあと相手の本音から背中を押してあげれば良い 恋愛相談であれば、気になる相手に連絡をしてもらい、それを同時に聞くことで相手方の真意を知ることができる。 トオル「全く俺が占い師になるなんてな。人生分からないものだぜ」 ・・・ドリガチャ「あー珍しく人生が破綻しないパターンだったな。人は相手の真意が分からないからこそ、気を使ったり、上辺のお世辞を言ったりする。しかし、恋愛や自分の人生のことになると違う。それだけは真意を知らないと上手くいかないからな。上手く能力を活用したな」 ドリガチャは少し悔しそうに消えていった。
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