人間のお兄ちゃん。

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 ***  気が付いた時、僕は病院にいた。正確には、僕は意識がもうろうとしていて薄目を明けた状態で、病室にいるお母さんと春名、それから春名の保育園に勤務している保育士の先生(その保育士さんは、僕に以前声をかけてくれた女の人だった)は僕が意識を取り戻したことに気づいていない様子だった。  この時の会話を、僕はよく覚えているよ。 『お母さん。……新しいお父さんのことが、大好きなんですよね。新しいお父さんとの娘さん、可愛いですよね。でも……忘れないでください。お兄ちゃんだって、大事なお母さんの子供だってこと』  お母さんは春名をだっこしたまま、唇を噛み締めて聞いているようだった。その様子で、僕はやっぱりそうだったんだ、と悟った。  薄々気づいていたのだ。お母さんにとっては、今一番愛している人の子供の方が可愛いに決まってる。ましてやその子が、お父さんそっくりの娘なら尚更だ。もう好きでもなんでもない人の子供より、妹の方を可愛がりたくなるのは仕方ないことだったんだろう。  その上で。 『お兄ちゃんだったら、妹さんのために全部を犠牲にしなければいけませんか。男の子だったら、どんなに苦しくても涙を流してはいけませんか。そんなことはないはずです。お兄ちゃんで、男の子である以前に、遥君は一人の人間で、小学生の子供であることを忘れないでください』  ドラゴン種の血を引く子供は特別な訓練が必要だ。なんせ、持っている力が違うんだから。大きくなれば、火を吹けるようにもなる。きちんと訓練しなければ、家族を間違って殺してしまう可能性もある。  僕のお母さんはそれを知らなかった。否、知らないフリをしてしまっていたのかもしれない。特別な先生を雇うにはさらにお金が必要だし、教えを乞うにも自分の時間が削られるのは言うまでもないことだったから。仕事に、趣味にもっと頑張りたいと思っていたお母さんは――それはけして悪い事ではないんだけれど――お母さんであることより、一人の女性であることを優先しすぎてしまっていたってことらしい。こっそり不倫もしていた、なんて聞いた時はさすがに呆れたけれど。  母親だから、子供のために全て犠牲にしなければいけないなんてことはない。  でもだからといって、その代わりに上の子に代わりに犠牲になってくれなんてのはおかしなことなんだ。時々親ってのは、そんな簡単なことを忘れてしまいがちになる。お母さんも、僕が死にかけてようやく目が覚めたらしい。  ごめんね、と泣くお母さんに。僕は泣きながら、ようやくずっと言えなかったことを言ったんだ。 『お母さん、ぼく、もう、いたいのいやだよ……』
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