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この人の頼み事は、大概知り合いの悩みだ。  しかも、その知り合いは大概、名前が似ている所から繋がっていると言っても、過言ではないようだ。  話を聞き終えたセイは、まずそう思った。  珍しく、女と共に待ち合わせ場所に現れたカ・シュウレイは、話し終わった後出されたコーヒーに口をつけた。 「……まだまだ、修行が足りないよ、狼さん」  難癖をつけられた大男は苦い顔だが、これでもましな味になった方だと、セイは知っている。 「挽きガラが入らないようになっただけ、ましですよ」  何度これでは商売にならないと、ここに店を構えた両親に訴えたものの、別に構わないの一点張りだったのが、最近ようやく何か思うところがあったのか、真面目になってきた。  その一つの原因が、恐らくはこのシュウレイと弟の来店だ。  そして、時々その姉弟と共にやって来る、その大叔父の存在も大きいだろう。  前向きになった夫婦にほっとはしたものの、それまで真面目に説得して来たセイとしては、複雑な思いだ。  ここを待ち合わせに指定したのもシュウレイで、今日は珍しく弟と同伴でない上に、女を連れていた。  二人の関係性は、セイも分かっているが、驚きが隠せなかった。 「紹介、いる?」 「ええ。確認のために、お願いします」  シュウレイと同じくらいの、小さな女だった。  格闘系の隙の無さはないが、全く別な種類の隙が見受けられない。  シュウレイよりも少しだけ童顔な、美少女めいたその女は、優美に笑って名乗った。 「御藏(みくら)(ゆう)、と名乗っています。初めまして、じゃないわよね?」 「……ええ。単に、この人と知り合いだったとは、思わなかっただけです」  正直に答えた若者に、優と名乗った女は小さく笑った。 「この子の事も、その弟の事も、承知しているわ」 「なら、その、養い子にも?」 「会ったけど……」  優は苦笑して答えた。 「私が様変わりし過ぎたのか、全く気付かなかったわ」 「……」  それで勘が鋭いとは、聞いて呆れる。  ついつい、正直にその想いを顔に出してしまった。  それを見て、優は楽しげに笑う。 「さっき少し顔合わせしただけだけど、それで分からないなら、その利点は返上した方がいいわよね」  シュウレイとも、先程対面したばかりだと言う。 「ちょっと、技術を要する話になっちゃって。その手の伝手を探してたら、(れん)が人を紹介してくれて……」 「(きょう)兄さまから話が来て、初めてエンちゃん以外の、弟と妹の存在を知ったところよ」  優は、カスミの長女で次子だ。  今は亡きランと双子の姉妹といて産まれ、ヒスイの息子であるコウヒとの間に娘を儲け、戦乱の最中命を落とした……そう、周りでは認識されて居たのだが、この国に昔から住む狐とその弟子仲間はその生存を信じ、その二人が揃った頃にようやく、ある地で埋められて眠っていた女を見つけ出し、掘り出した。  髪結いになって生計を立てながら、徐々に別な能力を開花させ、今では御蔵と言う家の元祖として、その家の当主を見守り続けている。 「技術を要すると言う事は、容姿を変える話になるんですか?」 「そうだよ。お前が承知してくれないと、別な見目のいい奴を、見繕わないといけないんだ」 「見目? 見目がいいって、どう言う見目の話で言ってるんですか? 話が見えないんですけど」 「だから、今から話すから。説明聞いてよ」  話を聞いたら、その頼みを受けねばならない。  セイは躊躇ったが、シユウレイの方は構わず話し出した。 「……奥田(おくだ)秀人(しゅうと)……また名前……」 「数年前偶然、名前を書いている場に居合わせて、つい声を掛けちゃったんだ」  何故、そんな見も知らぬ男に、あっさりと声をかけるのだろう。  呆れる若者に構わず、シユウレイは話を続ける。 「で、その後少しだけお付き合いして、趣味が合わなくて別れたの」 「……逆ナンして、お試しして、別れたのね。いい婚活ね」 「具合は良かったんだけど、ほら、感性が国ごとにも違うでしょ? 足舐めてって言ったら、引かれちゃった」  何の話か分からず黙ったセイの前で、姉妹はほのぼのと会話している。 「小さい足じゃないからかと思って、ショックだったけど、そう言う引きじゃなかったみたい」 「ええ、違うわね。日本は、そういう風習なかったから。というより、今は大陸の方でも、その風習、無くなっていると聞いたわ」 「そうなんだよ。びっくりしちゃったよ。私が捕まってる間に、時代は変わっちゃったんだよね」  話の節々で、昔の中華の国の風習の話だと気づいたが、若者は話を遮ることなく黙っている。  何で自分が呼ばれたのは分からないが、どんどん話が逸れていくのを遮ってまで、話を進める気はなかった。  このまま、世間話で別れる事になっても構わないと思いながら、セイはコーヒーを飲む。 「でね、そのシユウちゃんが、十年ほど前に結婚したんだ」  が、そのすぐ後に話が進み、思わず顔を顰めてしまった。  カウンター席で、ウルが心配そうに見ているから、誤解してくれる程度の変化なのだろう。  だから構わずにコーヒーを飲みながら、シユウレイの話を聞く。  すべてを話し終わり、答えを待つ女を前に、若者は言葉を探して切り出した。 「その頼みと、見目を変える話が、繋がるんですか?」 「見目を変えるんじゃなくて、そのまま、着色して欲しいの」  なぜわざわざ、そんな面倒な事をする必要が?  そんな疑問に、シユウレイは真顔で答えた。 「だって、今のままじゃあ、相手に気付かれもしないもん」 「気づかれないように、動く話じゃあ、ないんですか?」  シュウレイの頼みは、その奥田秀一の妻子を、ある男の手から救い出す手伝いをして欲しい、という事だった。  それならば、あまり目立たずに動くのがいいだろうに、シユウレイは真面目に首を振った。  そして、とんでもない事を言い出したのだ。 「奥さんを手離しても構わないと思う程、そいつを篭絡して欲しいのっ」 「ロウラク?」  何だ、それ?  どこかで聞いた言葉だが、余りに関係ない話過ぎて思い出せない。  そんなセイに、女二人は真面目に説明し、計画を話し出したのだった。 
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