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 年を重ねても、あの父親の心境も、男兄弟二人の気持ちも、全く分からない。 「分かる気も、ないけど」  都市の話から、一家族の話になってしまった。  首を傾げる志門に、岩切夫人は笑いながら言った。 「あの都市の話と、遠ざかっているわけでもないのよ。そう言う家族は、結構いるみたいなのよ。だからこそ、人の事情に、無関心なんでしょ」  傷害事件の目撃も、見なかったことにする。  それは、街中に行けば行くほど、その傾向にある。 「松本(まつもと)さんのご夫人、知ってるでしょ?」 「ええ。時々、お漬物を頂きます」 「あの人も、元々はあの都市の出身なの」  しかも、岩切夫人とは違い、成人するまでその地にいた。  いや、縛りつけられていたと言ってもいい。 「そうだ、この機会に、久し振りに呼んでみようかしら。待ってて、電話してみる」  同郷と言う理由だけではなく、松本夫人と岩切夫人は仲が良い。  だが、どちらも結婚してからは、頻繁に会う事が出来ないのだ。  言い訳が欲しかった岩切夫人に呼ばれ、松本夫人は喜んでやってきた。  背丈も容姿も岩切夫人と似た雰囲気の女は、挨拶を済ませて事情を聞き、首を傾げた。 「……でも、こんな黒い不幸自慢みたいな話、あなた達の年代の子たちが聞いて、面白い?」  不思議そうに問われ、志門は苦笑しつつも頷いた。 「あの都市の性質が分って、参考になると思うのです」 「だから、何の参考なんですか?」  健一が尋ねても、古谷家の跡取りは曖昧に誤魔化す。 「性質、って言うのかな、あれ。意外に粘着質、って言うのは、個人の性格もあると思うけど……」 「思い通りにならないと、大きな声で牽制するか、手を上げる」  岩切夫人が唸ると、松本夫人が例を上げる。 「ああ、戦後の男の典型よね」 「他の都市や、一人っ子だったら、また話は別かもしれないけど、男の中に女の子が一人いたら、必ずその女の子だけを、その鬱憤の対象にする」 「母親も、その対象になる事もあるけど」  理由は、男の子供は成長したら自分より強くなる可能性が大で、復讐されたくないからだ。  それ故、女の子供に全ての悪役を押し付け、その鬱憤までも押し付ける。 「まだ、子供だからってだけで、男女区別なく暴行する親の方が、素直よね」 「される方は、たまったものじゃないけど。あの辺りの人は、相手を見て、悪態や暴力をするから、質が悪いよね」  頷く岩切夫人に頷き返し、松本夫人は続けた。 「親族に助けの手を差し伸べられて、岩切さんはひねくれないでここまで幸せになれた。もし、あの事件が明るみにならなかったら、私の時の二の舞になっていたかも」  少しだけ岩切夫人よりも年上の松本夫人は、しみじみと言った。 「私の場合、母親がある時期を過ぎてから、娘を父親との間のシールドにし始めてから、家に居場所はなくなったの」  中学生に、なるかならないかの頃からだ。 「それに確信が持てたのは、兄が県外に就職して、食卓の席が、父の隣に変わった時ね」 「へ?」  父親は喫煙家で、隣でその煙と焼酎の匂いを嗅ぎ続ける羽目になった。  長方形のテーブルの広い席に父と並んで座らされ、母は直角に当たる席に一人座る。  その向かいが、弟だった。  食後の喫煙の父親の横で、松本夫人は煙を吸いながら食事をした。 「咳込むと、わざとらしいと睨まれるし、最悪だったわ。その上……」  いつからか、母の作る味噌汁を含めた料理の味が、濃い味になった。 「弁当も含めた、全部の料理が、塩っけ多かったり、卵焼きに何故か普通の濃い口しょうゆが、色が変わる位に混ぜられていたり……。このままじゃあ、病気になるんじゃないかって思ったわ」  しかも、父親はそんな濃くなった料理を、これ見よがしに残すか、湯を注いで薄めていた。  母に遠慮して、そのまま食している娘だけが、その悪影響を受けそうな、そんな状態だった。 「……」  毒親が、増えている。  少年たちが顔を引き攣らせるのを見て、夫人二人は苦笑した。 「親だけじゃないわよ。そんな家にいた男兄弟たちも、同じようになるの」  松本夫人は、成人式を終えてからすぐに、松本家に嫁いだ。
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