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「あちらの財産相続も放棄したし、母とも関わる気はないから、もう、絶縁したも同然。うちの家族だけ、あんな変なのかと思ってたけど、岩切さんの所も同じと聞いて驚いたわ」  しかもある騒動で、あの都市全体の住民の殆んどが、そんな性格だと分かった。  それは、ある動物を媒体にした伝染病が、その都市を中心に広がった時だ。 「発病した動物を飼っている辺りの人は、楽観し過ぎていたのよ。封鎖より先に、仕事がなくなる不安を、世間に訴えた」  自分の有益を優先させて封鎖を遅らせ、結果県内全域にその病を蔓延させてしまった。 「本当に些細な事の間違いには目くじら立てて、指摘して馬鹿にするくせに、こういう重大な事を起こして置いて、責められたら仕方ないだろう、なってしまったものはと言うの。父親がここにもいるって思ったわ」 「まとめると、被害妄想が強く自己中な粘着質が多い、面倒くさい都市柄、ってところかしら」  身も蓋もない。 「私自身も、そうならないように心掛けてはいるけど、一歩間違えればそうなりそうで」  松本夫人が言うと、岩切夫人も神妙に頷いた。 「血筋って、偶にこう言う所で出てしまうものね。気を付けようとは思っているけど。私の所は、実の娘じゃない分、そう言う虐待じみた事をしそうな家族だから、余計に気になっちゃって」 「うちは、男の子が二人で、一人は事情があるから、その点も心配よね」 「あら、松本さんの所は、お母さんを守るって、言ってるんでしょ?」  何やら、子供自慢が始まりそうな雰囲気になった。  そろそろ、お暇しようと少年たちは目くばせし、岩切家を後にした。 「……で、どうして急に、あの都市の話に興味を持ったんですか?」  不思議そうに伸が問う傍で、目を細めた健一が続けて言った。 「そろそろ教えてください。じゃないと……静に、チクりますよ」  その脅しに屈した形で、志門は静かに答えた。 「……御蔵さんの所の元祖様が、若と手を組んで、何やら企んでいるそうなのです」  その企みの舞台が、どうやらその問題の都市らしいと、古谷家の後継ぎは言った。  この地を嫌って、出て行く人たちも多い。  だが、住めば都、そんな心持の者も、いない事はないのだ。  移り住んで好きになり、嫌われる土地柄ならば、中身ごと変えてやろうと意気込む若者も、最近は秘かに増えてきていると、(みどり)は思っている。  緑も、その一人だからだ。  と言っても、女子高校生の身では、意気込んでもそこまで大それたことは出来ない。 「早く、大人になりたい」  水谷(みずたに)緑は、口癖になったセリフを、何気なく呟いた。  それに答えるのは、同級生の(ひそか)だ。 「後三年、辛抱しよう。成人したからって、何ができるって訳でもないけど、気は済むでしょ」 「そういう、気分の問題じゃないんだってば」  宥め口調の友人に、そう反論する少女は、社会人か大学進学かの選択を迫られて、追い詰められている、現在高校三年生だった。  母に似たのか小柄な少女は、学校内でも有名な美少女だが、一緒に帰る御藏密は羨ましがられることは、なかった。  いや、初めて緑に会う者は、妬む視線を投げるが、少女の本性を知れば、おのずとそんな気持ちを捨て、同情の目を向けてくれる。  いや、露骨に同情されるほどでもないのだと、密は主張したいが、まあ、隠す気のないあの性格を目の当たりにしては、見惚れるよりも驚き怯えて、固まるしかなくなるのは、仕方がない。  それが分かるほど頻繁に、緑の目に余る事案が、周囲に転がっているというのも、問題視するべきことだろうと、密は思う。  平均に近い背丈と、どちらかというと目立たない容姿の帰宅部の少女は、何故か一年の時から緑に懐かれ、現在まで友人と言う立場に収まっている。  名前の通り、秘かに学校生活を送り、いずれは家を継ぐことになっていたと言うのに、今現在、友人のお蔭で目立ちまくりだ。  そう心の中で嘆く間にも、その騒動が音を立てて近づいて来た。  騒音がやかましい、原動付き自転車、つまり原付だ。  今でも音で目立ちたいと思う輩がいて、近くで響くその音は顔を顰めるレベルなのだが、そんな事を露骨にしては、相手はそれを見とがめて絡んで来る。  人の目は気にしない癖に、そう言う嫌そうな顔は見えると言う、都合のいい視界の輩だ。  緑が睨んで絡まれない様、密は頻繁に話しかけて、原付が通り過ぎるのを見届けたのだが、その後姿を見送った二人は、思わず嫌そうに声を上げてしまった。  二人の前を、杖にすがって歩くお婆さんが歩いていた。  二人乗りで走る原付が、お婆さんの隣を通り過ぎる瞬間、後ろの奴が手提げ鞄をひったくった。  その勢いで、お婆さんが道路に倒れ込む。  原付は、二人の歓声を響かせながら走って行った。 「っ、大丈夫ですかっ」  密が駆け寄り、老婆を抱き起す。  一緒に駆け寄った緑は、目を据わらせて原付が走り去る後姿を見ていた。 「御藏、お婆さんは頼むよ。救急車と、警察もっ」 「う、うん」  密の返事を聞く前に、少女は走り出していた。  原付に追いつく勢いで。
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