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 しょぼんとして謝る御藏密を慰めながら、緑とは伯母姪の間柄の高野(たかの)(まい)が、童女の様な顔を陰らせて静かに言った。 「あなたが謝る事じゃないわ。お婆さんに付き添って病院に行っている間に、緑は逮捕劇を繰り広げたんだから、止めようがなかった」 「だから、違うってばっ」  水谷緑は、立ち上がって主張した。 「確かに、走って追いかけたけどっ」 「追いついたんでしょ?」 「確かに、追いついたけどっ」  それも、信じられない話だが、緑の事だからあり得る。 「前には、立ちふさがってないのっ」 「でも、捕まった二人は、前に立ちふさがった奴が、二人まとめてラリアートかまして来たって、主張しているのよ?」 「だからー」  ぶんぶんと拳を振り回しながら、少女は力説した。 「知らない学校の制服着た子が、立ち塞がって、捕まえちゃったのっ」 ブレザー制服ではなく、詰襟のついた黒い学生服だったと言う。 「どこかの、中学生ね」  校章までは、遠過ぎて見えなかったと言う緑に、舞は少し考えて尋ねた。 「その、乗っていた原付。ほとんど無傷で横倒しになってなんだけど、もう一人いた?」 「いたわ。だから二人連れの、大小の中学生っ」  どちらも緑より大きかったが、より大きい体格の少年が、走っている原付に乗る二人を、ラリアートでまとめてサドルから引きはがした。  その後ろで無人になった原付を、小さい方の少年がハンドルとタイヤを手足で止め、エンジンを切ったのだ。  横倒しにして去ったのは、警察が近づいて来るのに気づいたからのようだった。 「……」 「補導歴でも、あるのかも」  この都市の中学生でないのなら、こちらに来ること自体が補導対象となる。 「だから、その二人を探し出して、証言させてよ。私が感謝される事じゃ、ないんだからっ」  老婆の手提げ鞄は、無事に戻って来た。  老婆の娘がわざわざ自宅までやって来て、自分に礼を言った。  違うと主張しても、まあまあと取り合ってもらえなかったのだ。 「やってない事で感謝されるのって、何か違うでしょうっ?」 「ま、そうね。でも……被害者の証言が、一番信用されるのも、仕方ない事なのよね」 「そんなあ」  テーブルに突っ伏す少女を、舞は呆れたように見守る。 「嫌味は聞き流すけど、やっていない事に対する嫌味は、納得できないよう」 「……」  この件も、明日には学校の教師陣の元に届くだろう。  担任は話が分かる男教師なのだが、副担任の女教師が昔堅気な考えをする一人だった。  善行でも、暴力はまずいとか、そういう類の注意なら分かるが、全く別な考えで嫌味ったらしい注意をして来る。 「あのおばさん、また、私が男に色目を使うために、いいことしようとしたって、勘違いするわっ」 「だね。あの人の思考回路も、謎だよね。何で、男のひったくり二人をまとめて止める話が、色目を使う材料になると、考えられるんだろ」  正義感が強い緑が動くたびに、その女教師と妬みから手を組んだ学校の女生徒たちは、男へのアピールだと判断する。  確かに、草食系の男子はかっこいいと憧れ、肉食系の男子は苦笑交じりに見守っている傾向があるが、今迄の緑の活躍では、色よい話は浮かんでこないはずだった。 「殆ど、男相手の騒動だものね」  その度に尻拭いしている女は、大きな溜息を吐いた。 「そう言えばあの先生、文科系の部活の担当なのに、緑さんを運動部に誘っていました」 「あ、それも、嫌味の一つだよ。力が余っているなら、運動部に入ったらって。そんなことしたら、大会出場停止処分が、私がいる間中、解けなくなりますよって、断ったけど」  偶々近くにいた、柔道部に所属している兄弟の(そう)が鋭く反対したから、教師もその時は退散したが、柔道以外ならと運動部の担当を巻き込んで、勧誘する空気が未だにある。 「もう、三年生なんだけどっ」 「要は、体育の教師にでもなって欲しいんじゃないの? 運動部に入れておけば、推薦枠も狙えるかもしれないし」 「それも、今更じゃないっ」  そうだが、少しは良心的に考えてやらないと、余りに悪印象なあの女教師を、徹底的に追い詰めたくなる程に、密は嫌いになりつつあった。  余りに嫌ってしまうと、自分の中で呪いが生まれてしまいそうだ。  自分に言い聞かせるように友人を宥めた密の顔を、緑は真顔で覗き込んだ。 「……何か、あのおばさんに言われた?」 「先生って呼ばなきゃ、駄目だよ」 「学校の外なら、只の四十過ぎのおばさんでしょ」  すっぱりと言う少女は、完全にその教師を嫌っていた。
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