4人が本棚に入れています
本棚に追加
卒業生は微動だにせず、校長が演台に向かう姿を目で追う。
・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
(お、遅い・・・)
牛歩戦術?ぺたっ・・ぺたっ・・ぺたっ・・。歩幅があまりにせまい。静まりかえった体育館。ようやく演台にたどり着くと、深々と一礼。それに合わせて卒業生全員が頭を下げる。
「お座り下さい」
校長の合図に、ザッ、卒業生一同が一斉に席につく。また静まり返る体育館。校長はゆっくりと児童の顔を確かめるように見回すと、
「め」
そう言って止まった。全員の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
(め?)
「“目”がとてもいい。希望に満ちた若々しく力強さを感じる目です」
微笑む校長。入場から何かをやらかす雰囲気を出していたのだが、真っ当に引きつける出だし。さすがに卒業式か。と半分期待していた分、少しがっかりしたその時。
バン!
と、どんな仕組みかはわからないが、校長の髪が吹き飛んだ。カツラが卒業生の前列の足下に落ちる。
(でたー)
校長は期待を裏切らなかった。
「ありのままでいいのです。」
今まで隠していたくせに、とは誰も思わない。とにかく、児童だけでなく大人たちも、笑いをかみ殺すのに必死で体を震わしている。校長は構わず続ける。
「しかし、“ありのまま”をはき違えてはいけない。現状のままでいい訳ではない。成長しなくていいなんて、バカなことがあるか。」
熱い話をしているのだが、校長の光る頭頂部を前に全員がそれどころではなくなっている。
「成長を望み、挑戦を続け、泥だらけに、ボロボロになっても、努力を重ねる自分のままでよい、これがありのままなんだ。」
校長は熱い思いを言葉に乗せて訴えているのだが、誰一人内容は入っていない。
「一つ」
校長は人差し指を出す。
「ドキドキの入学、学習を知る。」
中指も増えてピースの形に。
「二つ。2年生になって、1年生の見本となる」
一つずつ指を増やしながら話を続ける。
「三つ。中学年、理科や社会の学習に奮闘。四つ。クラブ活動が始まる。五つ。高学年、委員会活動も始まり、学校全体を意識するように。六つ。最高学年。全ての責任を背負い、この学校をリードしてきた。」
この頃になると、落ち着きを取り戻し、子どもたちは六年間を自然と頭の中で振り返る。子どもだけではない。後ろの保護者たちも、我が子の成長の過程を振り返る。
「まだ、ある。少なくとも学校で学ぶ義務教育はあと・・・」
両手を広げ、
「七つ、八つ、九つ、十。まだ4年ある。今後も学ぶことで、自らを磨きなさい。」
「保護者の皆様、この度はお子様のご卒業、おめでとうございます。お子様は・・・」
校長の視線が保護者の方に向いたところで、
「十(とお)??」
自然な校長の言葉に聞き流してしまいそうになるのだが、義務教育は残り中学校の3年、全部で9年のはずでは。もやもやしているうちに、保護者への挨拶が終わり、
「以上の言葉を心から贈ります。校長式辞とします。令和4年、3月25日校長、小沢つとむ。」
その言葉と同時に卒業生一同が立ち上がる。練習通り、ザッと全員の音が重なり、その後静かになる。何故か校長は帰りは早かった。普通にスタスタと舞台から降りて席に着いた。それを合図に全員が座る。
その後に呼びかけ、最後に卒業式定番ソング「旅立ちの日に」を歌う。涙涙の卒業式。保護者や教職員も目に涙を浮かべ、感動の卒業式が終わる。
最初のコメントを投稿しよう!