一人にできない卒業式

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 とある田舎の小学校に某局のテレビの撮影部隊が来ていた。  人口が減り、通う生徒がいなくなるため廃校になってしまうその小学校。  その最後の卒業生の卒業式の模様を夕方のニュースのあとの、ほっと一息コーナーで流すためである。  そのコーナーは何代も続く老舗の和菓子屋さんを二十歳で継いだ元ギャル店主の心境やらを取材したものを流したり、妻を亡くしてから毎日妻と歩いていた散歩道を一人で歩くおじいさんに散歩をやめない理由を語ってもらうものだったり多種に渡るのだが、田舎にある廃校前の小学校の最後の生徒のためのたった一人の卒業式は中でも人気があった。  今回そのコーナーを受け持つのは、藤木虎太郎という若手ディレクターだった。虎太郎はこれが初めてのコーナー担当ということで浮足立っていた。 「おい、虎太郎! どうだ? 目星をつけていた小学校は取材大丈夫だったのか?」  上司の牛島から檄を飛ばすような電話が虎太郎にかかっていた。 「あの、それがですね、牛島さん」    虎太郎の口取りはなにやら重かった。 「ん? どうした? まさか駄目だったっていうんじゃないだろうな? 取材を許可してもらえる頼みかたなら、俺が口酸っぱく教えただろ?」 「いえ、取材自体は問題ないんです。校長先生も担任の先生も皆いい人でした」 「じゃあ、なにが問題なんだ?」  牛島は段々といらいらして早口で聞いた。 「あの、二人いるんです」 「は?」 「ですから、卒業生が二人いるんです。このシリーズはいつも廃校前の小学校の最後の一人の卒業生を特集してましたよね。二人じゃ感動が薄まりますよね」 「うーん、二人か……」 思わぬ報告に牛島は歯切れが悪くなり考えた。 「でも、二人でもいいんじゃないか? 廃校前は廃校前なんだし。二人だからこその、その関係性をクローズアップするとかしてだな」 「それがですね」  牛島の話の途中に珍しく虎太郎は割って入った。 「その二人、元々仲悪いんですよ。もう、何年も口を利いてないみたいです」 「なんだと? それじゃあ、感動のシーンは撮影できないのか」 「そうなんです」 「でも、それも演出次第じゃないか?」 「え?」    てっきり、急いで別の小学校を探せ、と言われると覚悟していた虎太郎は驚いた。 「お前もテレビマンの端くれだろ。演出しろと言ってるんだよ。もちろん、好きなお菓子やらおもちゃを買ってあげるとかして、あくまでお願いベースでやるんだぞ」 「まさか子どもたちを買収して、仲の良い演技をしてもらうってことですか?」 「バカッ! 筒抜けで言い過ぎだ。“演出”だよ演出! みなまで言わすな」  虎太郎はガックリきてつい押し黙ってしまった。しかし、また口を開いた。問題点はまだ解決していなかったからだ。 「あの、それは上手いことやったとしても、まだ問題がありまして……」 「なに? まだあるのか? なんだ言ってみろ」 「あの、その卒業生の二人なんですが、全く学校に思い入れがないんです」 「どういうことだ?」  小学校は義務教育の中でも最も長い六年間だ。誰もが思い入れがあるはずだと牛島は思っていた。かくいう彼も、当時は人目もはばからず泣いたものだった。 「あの片方の子の名前が千田くんというんですが、彼三年生の途中から登校拒否してまして、ほとんど学校に来てないみたいなんです。今日は卒業式の練習だからといって無理やり親御さんが連れてきてくれたみたいなんですが、体育館の場所もわからないし、担任の先生も忘れてしまっているみたいでした」 「なんだと?」  思わず牛島は素っ頓狂な声をあげた。虎太郎は構わず続けた。 「そして、もう一人の子は浦澤くんという子なんですが、彼有名サッカーチームのユースチームに入ってまして、こちらは親御さん公認で四年生の二学期あたりからユースの練習との両立が難しくほとんど学校に来てなかったみたいです。来てたとしても、担任の先生が気を使ってほとんど体育のサッカーをしていたらしいのです」 「なんでそうなるんだよ。ユースに所属してる小学生なんて全国に山ほどいてるだろ、彼らはきちんと小学校と中学校に通って卒業してるはずだぞ」  牛島は段々と苛立ってきた。 「それがですね、ここの小学校は山の中にありまして、とても浦澤くんの家から歩いては通学できない上に、バスも二時間に一本と便が悪く、最後まで授業を受けていたらユースの練習に間に合わないんですね。それに加えて、浦澤くんのお父さんが昔、Jリーグの選手だとかで熱心に教えていて、それなら学校に行く時間を家で練習する時間にしたほうが息子のためになるとのことで徐々に通学しなくなってしまったんです。だから彼も小学校への思い出は全くありません。今も一人で運動場にカラーコーンを並べてドリブルの練習をしています」 「なんだそれ。それじゃあその子に『小学校で何をした思い出が印象深いですか?』とか聞いたら『カラーコーンで模した仮想敵とのドリブル練習です』とか言いかねないということか」 「たぶん『模した』なんて言葉は言わないんじゃないですか」 「あぁそうか、小学生だものな」 「いえ、そういうことでもなく、彼は言葉をほとんど扱えません。僕に会ったときも『こんにちは』という代わりにボールを僕に蹴ってきました。たぶん、あれが浦澤くんなりの挨拶なんだと思って僕もインサイドキックでボールを蹴り返しましたよ。『はじめまして、藤木です』と念を込めて。そしたら彼、笑ってました」 「なんだその、感動VTRにできそうで、できなさそうなエピソードは」 「そうなんですよ。だからさっきから会話が全然なくて静まり返ってるんですよ。この小学校」 「いやいや、校長先生とか担任の先生がいるんだろ」 「あの、校長先生は趣味のゲートボールで膝の靭帯を断裂してしまったらしく、なんとか松葉杖で来られてたのですが、今は保健室で座ってるみたいです」 「その子たちの担任の先生は?」 「若い女性の先生なのですが、異常な人見知りらしく、話しかけても『うん』とか『すん』くらいしか喋りません」 「他の先生は?」 「保健の先生は仮眠をとってます。といっても、そもそも普段は生徒が通学していないのでそれがいつものことらしいです。ちなみに千田くんも寝ています。今、保健室のベッドは満床なんです」 「おいおい、ユースホステルじゃねぇんだぞ」 「用務員さんは仕事がないので、隣の山から枯れ葉を持ってきて、それを掃除してまた隣の山に持っていったりしてます」 「マッチポンプじゃねえか」 「教頭は難しい顔をして廊下を練り歩いてます」 「なんで歩いてるんだよ。あぁ、教頭って個人部屋ないのか」 「理科が得意な白木先生は化学室に籠もってマッドサイエンティストよろしく…」 「もういいもういい、どうなってるんだよ、その小学校。先生の無駄使いだろう。早く帰って、別の撮影先探してこい。あまり期間もないんだから急いで…」 「いえ、牛島さん。僕、どうしてもこの小学校の卒業式を撮影したいです。一生のお願いです。させてください!」  牛島は少し返答に窮して黙った。そして静かに口を開いた。 「それは、一人のディレクターとしてか? それとも一人の人間としてか? どちらの希望だ?」  厳しい声色だった。少し悩み、虎太郎は答えた。 「一人の人間としてです」  嘘はなかった。 「それじゃあ駄目だ。即刻帰ってこい」  帰りの電車に揺られ、虎太郎は思った。  二択を間違えた。  だが、後悔はなかった。自分に嘘をつかなかった結果駄目だったなら仕方ない。  その後、虎太郎は時間を無駄にしたということで牛島にこっぴどく怒られた。  急いで、別の廃校予定の小学校を探したが中々見つからなかった。  結局、代わりに「真横にコンビニができたために、一日の売上が二百五十円の日があった駄菓子屋の若頭特集」をすることになった。  概ね不評だった。  初めてのコーナー担当が不評だったことに落ち込んだ虎太郎は、たまたま休みの日が前に訪れたあの小学校の卒業式の日だったので赴いてみた。  小学校の体育館に着くと、来賓席の案内があったのでそちらの扉から入り、席に座る。人見知りの担任の先生と目が合ったがすぐにそらされた。  前にはたった二人の生徒と保健の先生で円卓を囲んでおり、その中心で校長先生が松葉杖を司会者の指差し棒のようにしてトークをまわしている。  そこには本来来るはずだった我々テレビの撮影班が来なかったことによる名残のようなものを感じた。 「千田くん、君のこの学校での一番の思い出は?」 「男なのに、体育で縄跳びをさせられたことです」 「ホッホッ。縄跳びは女子のものでもないぞ。あれは男女共用のスポーツじゃ」 「そうですか」 「浦澤くん、君は今日めでたくこの小学校を卒業するわけじゃが、今の率直な気持ちは?」  浦澤くんは立ち上がった。  そして、足元のサッカーボールをそっと蹴り、転がったボールは校長の脚となっている松葉杖に静かに当たった。   「コン」  そうか、松葉杖にサッカーボールが当たったらこんな音が鳴るのか。  なぜか、虎太郎はその音で春の到来を感じた。 「教頭先生は今日は休みですか?」  近くにいた人見知りの担任の先生に聞いてみた。  無視された。  今日が本当にオフで良かった。  虎太郎は空咳を一つして立ち上がった。  体育館の遥か向こうで教頭が電話をしていた。 「なんですと? 町外れに今幼稚園の年長組の子供さんが一人いたのを見落としていただって? じゃあ、その子は来月からこの小学校に通うことになるのか?」  一足早い初桜が咲いた。
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