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HATSU KOI
初恋は実らないからこそ永遠に良い思い出として残り得る。
北海道の雪解けは今始まったばかり。俺の運転するMY CARは、長い下り坂をノンアクセルで進む。道路は真っすぐに遠方800mは続いている。しがない町道の両端の白い側線に沿い、山や崖から解け出した水が俺の車と並走しゆっくりと流れ下る。
久々の帰郷。蔓防が解除され2年ぶりに実家を訪れる。北海道は面積が広く、主要都市から田舎の町へ行くのにも泊りがけとなる。
「オフクロ、ただいま。元気だったかい」
俺のお母さんは、6年前から一人暮らしだ。オヤジが死んでからテレビで相撲や野球ばかり見てやり過ごしている。それまでは病弱なオヤジの食事の世話や病院への付き添いで汽車に揺られ往復3時間、帰りに1週間分の買い物をして重たい荷物を運ぶ。介護生活では、頑固な性格が故の愚痴などへの対応が必要な場合が多くて息つく間もなかった。お母さんは自分のことは全て後回し。
俺はそんなこと考えぼっとしてると、押入の奥から引っ張り出して来た写真アルバムを見せられる。
「これがあんたの小学5年生の頃の写真よ」
よく見ると同級生何人かとの写真。
右上の端っこに俺、そして左下端に『HATSU KOI』相手が写っている。
実らなかった恋を頭の片隅から引っ張り出そうとするが、お母さんの言葉に我に返る。
「これ私とお父さんが結婚した時の写真よ」
マジか。お母さんは外国人のように彫りが深く超美人だった。
「なんでオヤジと結婚したの?こんなに美人だったら、他にいい相手いたっしょ」
「何言ってるの。お父さんと結婚したから、あなたが生まれたのよ」
「そうか…」
他愛もない話をしながら、一緒にTVで野球観戦をしたりした。
「隣町のスーパーまで買い物に連れてって」
「ああ、いいよ」
俺のCARで隣町まで、サンダルを買いに行く。もう10年も履きつぶしたそうだ。食品や調味料、飲料などは宅配サービス業者の配達でしのいでいると後部座席から説明が聞こえてくる。耳に入らない…お母さんごめんよ。
長い下り坂の遙か遠く遠方に黄昏時が熱く視線を送って来る。
「眩しい」と思った瞬間、俺の脳裏で12インチシングルremixが鳴り響く。
中学生の頃聴きまくったK・Tの12インチシングルを纏めたクラブリミックスアルバム。
「眩し過ぎて、凝視できない。サングラスはどこだ」
俺はダッシュボードに手を伸ばし、ハンドルを取られる。
「あっ」
大きくセンターラインをはみ出し、俺の記憶も蘇る。淡いHATSU KOIは実らなかった。HATSU KOI相手から告白してくれたのに、俺は好き避けしてしまった。それから俺は何考えてるかわからない奴になった。大人になってHATSU KOI相手に何度か会ったが益々美人になっていて驚き遠ざけた。向こうが遠のいて行った。
今では良い思い出。
「やっと、サングラスが取れた。ふぅ」
俺はセピア色の田舎の景色とHATSU KOIをマッチさせ郷愁の想いに火をつける。黄昏時が終焉を迎え赤黒く染まる。
突然、後部座席からお母さんが声を掛けて来る。
「婚約前にお父さんとは別にいい人がいたのよ。でも墓までその話は持っていく…」
「わかった、もう話さなくっていいよ」
俺のサングラスの内側では、猛烈にHATSU KOIが溢れ出し両脇から流れ落ちた。
世界中誰にとっても、初恋は実らないからこそ永遠に良い思い出として残る。
世界でたった一つのそれぞれの初KOIにはそれぞれの音楽が 遅れてついてく る。
自分だけのお気に入りシングルカットがいつの時代でも何度もこころにHAT(はっと) SU る。
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