想いからの卒業

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人影も(まば)らな電車の中、規則正しい振動が(かす)かに響く。 僕は、彼女と出逢った頃のこと、そして1年前のことをぼんやりと思い返していた。 彼女と出逢ったのは2年ほど前だった。 大学時代からの友達に誘われて参加したバーベキューパーティにて彼女と出逢った。 出会った当初は恋愛感情など抱いてはいなかった。 彼女は大雑把な性格だったし、僕の性格は神経質なほうなんだと思う。 そして、その時は彼女に交際相手がいた。 例のパチンコ野郎だ。 関係が深まることは無かったけれども、彼女との関わりは何となく続いていた。 僕と彼女の性格は真逆に見えつつも、ある点では似通っていたんだと思う。 人付き合いに対して極めて臆病だという点について。 彼女は大雑把に振る舞うことでそれを偽装し、僕は神経質に振る舞うことで他人との間に壁を作っていたんだと思う。 傷の舐め合いと言うのは自虐に過ぎるけれども、お互いの心の欠落を確認しあうような不可思議な関係は、特に温度を高めることもないままに続いていた。 「友人」という(てい)で。 時には二人で会って話すこともあった。 話す、と言っても大半は彼女が愚痴を語り、僕が大いに共感するというスタイルだったけれども。 パチンコ野郎と彼女との泥沼化していた縁が切れたのが、およそ1年半前だった。 その頃から、僕と彼女との関係は次第におかしくなっていった。 彼女が僕に向ける態度は、それまでとは異なる種類の熱を(はら)みつつあるように思えた。 他者に依存しがちな性向の彼女は、僕との距離感を上手くコントロールできなかったんだと思う。 僕自身とて彼女の話に耳を傾けている半年のうちに、彼女との距離感が分からなくなってきていたんだと思う。 彼女に対する僕の想いは(こう)じ始めた。 (こう)じる想いに突き動かされる僕の態度に戸惑いを見せつつも、彼女は僕との関わりを断とうとはしなかった。 けれども、お互いの距離が縮まることは無く、僕は焦りを募らせつつあった。 ある時、次の週末にドライブへ行こうという話になった。 日帰りで済ますにはやや微妙な場所に。 流れ次第では、それが泊まりの旅となるかもしれないものだった。 彼女はやや躊躇(ためら)いつつも、そのドライブに行くことを受け入れた。 けれども、その日の朝になって、彼女はそれを断った。 僕は傷付き、そして激怒した。 怒りに任せて放たれた僕の言葉は、彼女を酷く傷付けた。 僕と彼女との関わりは途絶えた。 それが1年前のことだった。 共通の友人の働き掛けもあり、半年ほど前から彼女との関わりは修復されつつあった。 あくまで「友人」として。 ただ、以前のように二人で会うことは無く、時々メッセージを交す程度だった。 3ヶ月程前、彼女に新たな恋人が出来た。 例のキムチ鍋の彼氏だ。 それを知った僕は、彼女におめでとうとのメッセージを送った。 これで安心して「友人」として振る舞うことが出来る。 僕は自分にそう言い聞かせ、良き「友人」として振る舞った。 2年前のように。 彼女も「友人」としての僕を歓迎した。 けれども、僕の中に在る彼女への「熱」は消え失せた訳では無かった。 彼女に示す態度の節々に「熱」が顔を覗かせるのは珍しくなかった。 そして、もしもだけど。 もしも彼女がキムチ鍋の彼氏と別れるようなことがあったら、その時は(うま)くやろう。 (ひそ)やかにそう心に決めていた。 けれども、出雲大社への旅行の話を聞いたとき、それは叶わぬ願いだと悟った。 そして思った。 「良き友人」として振る舞おう、と。 電車は緩やかにその速度を落としつつあった。 町田の駅ビルの眩い灯りが目に飛び込んで来る。 電車は停まり、ドアが開く。 座席から腰を上げてドアへと歩み寄り、ホームへと降り立つ。 静やかだった車内がまるで噓のように、ホームは賑わいに満ちていた。 賑やかな制服姿の集団が目に入る。 幾人かはその手に黒い筒を捧げ持っている。 そうか、今日はあちこちの学校で卒業式だったんだなと改めて思い至る。 ふと、言葉が胸を過ぎる 想いからの卒業、という言葉が。 我ながら柄に無く気障(きざ)な言葉だなと自嘲気味に独り微笑む。 そして、祈った。 人生の岐路(きろ)にて、僕を「良き友人」として頼ってくれた彼女の幸せを。 喧噪の中での祈りなんて果たして意味があるのか分からないけど、でも祈った。
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