三好陣と及川博樹

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三好陣と及川博樹

父が死んだ。 知ったのは新聞のお悔やみ情報欄からだった。 絶縁しているとはいえ、相続の権利がなくなるわけではない。兄からの電話は、思ったよりも早かった。居場所はとうに特定していたということだろう。 「相続は放棄します。兄さんに全てお任せします」 かねて用意していた言葉を告げた。 四十年ぶりに聞く兄の声は、昔よりも静かな口調だった。 『……まあ、そう早く決めなくてもいい。末の息子が弁護士になったんだ。そっちに行かせるから、話を聞いてくれ。親父は、お前にもまとまったものを遺したんだ』 期末で仕事は立て込んでいるというのに、電話を切った後しばらく頭が働かなかった。 一緒に住んでいる恋人は、帰宅した私の顔を見てすぐ悟ったようだった。 「社長からですか」 「うん」 ソファに座り込んだままの私に、恋人がお茶と菓子を運んでくる。 「冬に出す和三盆です」 それはかすかな煌めきを放っていた。乳白色からにじみ出る銀色の輝きは、踏み固められた雪を連想させた。 あの時も雪だった。 職人が社長の息子と逢い引きしていたと、社員の噂話が父の耳に入った。 大学受験が終わった日、帰宅した直後に殴られ、部屋の私物を投げつけられた。騒ぎを聞きつけた職人が私と父の間に割って入り、泥と雪の地に土下座した。出て行けと叫ぶ父の顔を見るのも恐ろしかった。 「博樹さん」 坊ちゃん、と呼んでいた頃と変わらない口調で彼は話す。 「私のほうが六つも上ですがもし博樹さんに先立たれたら、ご家族にご連絡しなければなりませんよね」 恋人は天涯孤独で身の回りはもう整理してある。 「何もいりませんが、一つだけ欲しいものがあるとご家族にお願いしたいんです」 彼が何かを欲したことはなかった。求めてきたのはこの身体だけだった。寡黙な男にひそめられた、狂うほどの熱情で。 「骨を一片、頂きたいのです」 互いに齢を取り、もう失われたかと思われた熱さが、恋人の目の奥に宿る。 そしてそれを、恐ろしいとさえ思ったそれを、穏やかに見つめていることに気付く。 「食うの?」 「はい」 恋人が、何も疑わない瞳で頷く。 すぐに悟ることができたのには理由があった。 暖房すらない小さな部屋で、震えが止まらない私の身体を抱き続ける彼が、肩甲骨に歯を立てながら囁いた言葉。 あなたの骨はきっと、和三盆のように、口の中に入れると甘く溶けるのでしょうね。 あの時は泥まみれの雪だった。 あれから四十年。何度も何度も雪は降り、そのたびに踏み固められ、今は柔らかな輝きが表面を覆っている。 私は和三盆を口にいれ、それが淡く溶けて、己の隅々にまで染み渡るのを感じていた。
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