02.第一王子の婚約

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02.第一王子の婚約

十三歳になる頃には、私は最初の家庭教師から三回ほど教育係を替えていた。今の先生は王族の教育を任されているアルバート・オウル先生だった。我が家の家格からは分不相応な御話だが、オウル先生は国益になる人材を見出す為に、身分に関係なく門下生を集めているのだ。私の前任の教育係がオウル先生の弟子だった御縁で私も門下になることを許されたのだった。 更にそこから私の話が国王陛下の耳に入ることになり、恐れ多くも数回の謁見が許された末に、十六歳の時に私は第一王子であるキャメロン王子の婚約者になったのだった。 「シルヴィア・ダック。貴様との結婚は国益になるから結ばれたのだ。愛されているなどと思い上がるような真似はするなよ」 キャメロン王子との初対面で、最初の一言がそれだった。 多忙な国王夫妻の立ち合いなどあるわけもなく、適当な文官がついていただけなので、キャメロン王子は心のままに私を罵ったのだろう。青くなる案内役の文官や王城の使用人達を尻目に、王子は居丈高に椅子に座り、茶を飲む。当然、私がエスコートされることはないし、こうも邪険に扱われる私の為に椅子を引いてくれる者もいない。 王妃殿下譲りの美しい顔立ちは、あまりに無邪気というか無防備で、考えが浅い人間なのだろうと内心で思う。こんな風に当たり散らしていないで、私を上手く利用すれば良いというのに。甘言を囁いて優しくしてくれるなら、私は喜んで働いてやると言うのに。 「心得ました。祖国の為に、力を尽くす所存にございます」 家族と離れても、こんな嫌な人間と暮らしていかなければならないのか、という不満を呑み込んでカーテシーをした私は、そのまま立ち尽くす。二人きりのお茶会はキャメロン王子の栄養補給だけの時間に成り下がり、私は黙って彼が去るのを待ったのだった。 その日の夜、私は両親に呼び出され、父の書斎へと足を踏み入れた。 「お前のような賢しらで鼻持ちならない娘のどこを陛下は気に入ったのだろうな」 良い成績を修めていれば機嫌が良かった父親は、私が第一王子と婚約した途端に、その成績さえも忌々しいもののように見た。普通の親は、娘がその賢さを見込まれて第一王子との縁づいたことを喜ぶだろうが、彼らは違った。 「美しく愛らしいオディールこそ、国で一番高貴な女性であるべきなのに……」 オディールを間に挟んで長椅子に座る両親は、愛おしそうにオディールを見つめる。私は扉の前に立たされて、延々と両親からの愚痴を聞かされているというのに。 つまりはそういうことなのだ。頭でっかちで可愛げのない娘が、自分達の可愛い娘よりも上の立場になることを憎々しく思うのだろう。私とて両親の娘だと言うのに、どうしてこんなに違うのだろうか。しかし彼らがいくら騒いだところで、体が弱い上に、平均的な貴族令嬢としての能力しかないオディールが王子妃に選ばれる訳が無いのだ。 そもそも侯爵家と言うものの、我が家は他の家よりも低い立場にある。ダック家は先祖代々伯爵位であったのを、祖父が戦功を立てて侯爵に昇爵したからである。いくら教育係である高名な学者の推薦とは言え、私ごときが未来の王妃に選ばれること自体、特別な事情があることに彼らは気づきもしないのだった。 「……はい。仰る通りだと思います」 反論したところで無駄なのは分かっていたから、当たり障りのない肯定の言葉を口にする。あまり大袈裟に言うと王室批判だと騒がれかねない。私は申し訳なさそうに、身の置き場が無く居た堪れないという風を装い、オディールを見た。 私が両親から理不尽なことを言われ、叱責を受けていると言うのに、オディールは顔色も変えずに私を見ていた。そうして愛らしい声で言ったのだ。 「大丈夫よ、お姉様。私が陛下達に御会いしたら、きっと私のことが好きになるから!」 「えぇ、その通りよ。こんなにも美しくて慈悲深い貴女を好きにならない方はいないもの」 私が答えるより先に母がオディールを誉めそやす。それを聞いて満更でもないようでオディールはニンマリと笑っている。しかし、とんでもなく自惚れが過ぎる言葉のように思う。自信を持つことは良いことだけれど、慎み深さは淑女として持ち合わせるべきではないだろうか。 幼い頃は可愛らしかった妹も、長年に渡る両親や使用人達の私への態度を見て、このように不遜な態度を取るようになってしまっていた。妹のことを思えば、抵抗すべきだったのかもしれないが、私もまたこの環境が当たり前のもの過ぎて、こういうものだと疑問に思うことさえなかったのだ。 「オディールなら、きっと美しい王妃として周辺国に名を轟かせることでしょうね」 見え透いたお世辞だったが、私の言葉に気を良くした三人は、ようやくこの婚約話についての愚痴を切り上げ、いつものように他愛ないお喋りを始めた。使用人に温かいお茶を出すように指示を出して、私は部屋を出る。いつまでも私が居座って、先程の話題が再燃しては面倒だ。 この時、私の頭にはこの婚約がダメになるだろうと予言じみた考えが頭に刻み込まれた。何としてもオディールは第一王子を自分のものにしようとするし、両親も援護するだろう。国王の妻となる人間を愛嬌や容姿で決めてしまうなんて愚かな話だが、交代も納得してしまうくらい、オディールの美しさは圧倒的であった。 「さて、どうしましょうかね」 解消となれば、私の未来はどうなってしまうのだろうか。 私が王室に嫁ぐので、侯爵家はオディールが継ぐと思っていたが、もしオディールが王子妃となると言うのなら、両親は王子とオディールの間に産まれた第二子に侯爵位を譲るだろう。爵位を王家に献上することで、家格というハンディキャップを上げ底するはずだ。 そうなれば私は行き場を失ってしまう。そもそもだが、王家に婚約解消された私に求婚する男性がいるはずがない。つまり私は売れ残り。社交界に存在すること自体、第一王子とオディールにとって目障りなことだろう。
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