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「そんなに私と結婚するのは、嫌ですか?」 「フィリップ先生?」  何を言ってるのかしら。結婚? わたしが? フィリップ先生と? 何が何だかわからないまま固まっていると、フィリップ先生が転移陣を展開した。あれ、フィリップ先生、今使ったのは、魔力の有無に関わらず利用が可能な最近発売されたばかりの緊急用の魔道具ですよね? え、どういうこと?  連れてこられたのは、おそらくフィリップ先生の私室だ。え、お説教のために、職権乱用? 何それ、公私混同はよくないよ! 「私は、あなたとの結婚を許してもらうために、騎士を志しました」 「ふえ?」 「あなたのおじいさまは気さくな対応をしてくださるけれど、血筋だけでなく功績から爵位をいただいた方です。私のようなただの平民では、あなたに結婚を申し込むことなんてできませんでした」 「へ、うちは平民みたいなもんだって……」 「あの方のおっしゃる『平民みたいなもの』がどんなものかは、のちほどご両親に説明をしてもらってくださいね」  まさかのうちはお貴族さまだったらしい。社交とかどうやってたの? 「あなたの家やお店には、ナチュラルに要人が来ていたのを知らないんですね」 「え、要人? そんな偉いひと、見たかなあ。なんだかやけにイケメンなおじさまやら、美人なお姉さまやらが来ていたのは覚えてますけれど」 「国王陛下に王女殿下ですね」 「うっそだー」 「嘘ならどれほどよかったことか。この国の王族は、そこら辺をうろうろし過ぎなんです」  何だか、騎士としてのフィリップ先生の苦悩を垣間見てしまった気がする。 「結婚を申し込むために、魔道具の研究に励み、騎士団内での地位をあげました。あなたのおじいさんやお父さまから認めてもらうために、剣技を磨きました。そうしてやっと、婚約までたどりついたのに」 「店に来て剣で打ち合いをしていたのって、そういうことだったんですか? てっきり、フィリップ先生が遅ればせながら剣に目覚めたのかと思ってました」 「カレン……」  だって、男の子って棒切れがあったら振り回す生き物だし。ごめんなさい。フィリップ先生は、本来なら剣より本の方が好きだったよね。 「なぜかあなたは結婚は嫌だとごね始め、騎士になるための訓練校に入る始末。それならば訓練校を卒業し、騎士の資格を得たあとにプロポーズしようと思ったら、あなたはわざとのように何度も卒業試験を失敗するありさま。いや、わざとのようにではありませんね、わざとですね」  傷つきましたと笑顔で語るフィリップ先生の顔が怖い。 「わ、わたし、知らなくて。本当ですか?」 「たぶん皆さん、何度も説明したと思いますよ。あなたがいつものようにトリップしていただけでしょう」  うぐぐ、そう言われると否定できない。先日もフィリップ先生の前で自分の世界にトリップしてたし。 「フィリップ先生とわたしが婚約者……。わたし、てっきり誰か知らないひとと結婚するのかと思ってました」 「むしろ私以外の誰かと結婚しようと言うのなら、決闘を申し込みます。あなたを拐ってでも、その結婚は阻止しますね」 「え、なんかそれ素敵……じゃなくて。それじゃあ、どうして好きって言ってくれなかったんですか! 学校でも冷たいし」 「ただでさえ、年の離れたあなたとの婚約で各方面から変態呼ばわりされているんです。学校内で特別扱いしていたら、教職を追放されます。あなたのそばにいるために、無理矢理臨時職員の座をもぎとったのに」 「急にフィリップ先生が訓練校の教官になったのって、そういう理由なの?」 「そうですよ。あなたの隣にいるために、どれだけ私が頑張ったことか」 「フィリップ先生、あの」 「はい」 「怒ってます?」 「ええ、結構」 「えー、なんでもするから許してくださいー」  昔からの癖で泣きついたら、フィリップ先生がにやりと笑った。え、そんな顔の先生、初めて見たよ。 「じゃあ、ここでキスしてください」 「い、今からですか?」 「はい」 「え、あの、わたし、歯を磨いてきますから! ね、だからまた後で」 「へえ、つまりすごいキスをしてくれるってことですね。期待しています」 「あわわわわわ」 「冗談ですよ。カレン、好きです。愛しています。やっとあなたに触れられる」  お利口さんと昔のように頭を撫でられたあと、ふわりと甘い香りに包まれた。抱きしめられているのだと気がついたのは、間近にフィリップ先生の顔があったから。初めて触れたフィリップ先生の唇は、桜の花びらのように甘く柔らかいものだった。
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