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「瑠璃~、お弁当一緒に食べよ。今日のおかずは瑠璃の好きなチーズハンバーグだよ~」
「·····ありがと」
「どういたしまして」
自作のお弁当を片手に、1つ下の学年である私の教室へ入ってきたその人は、この学園内で知らない者はいないんじゃないかってくらいの有名人。
その微笑みだけで黄色い悲鳴が上がるほど、容姿端麗。おまけに学園一の秀才で、高校に入ってから始めた部活の弓道でも、大会で記録を残したらしい。
聞きたくなくても聞こえてくる、彼への賛美。
物心ついたときからそれが当たり前だったから、高校に入って更に周囲が彼を持て囃しだしたところで、幼馴染みとして鼻が高い···最初はその程度にしか捉えていなかった。
アレさえ、知らなければ。
「あ、皇く~~ん。み~つけた。もう、せっかく一緒にお昼食べようと思って待ってたのに~」
甘い猫なで声を上げながらスカートを翻し皇を追ってきたのは、女子に人気の月間雑誌でモデルをしている、可愛らしい先輩だった。
その細い手が皇の肩に触れそうになった時、優しい王子の表情が一変する。
「触んないでくれるかな? あと、そこ退いて。邪魔なんだけど」
彼女のお誘いには完全無視を決めこんで、絶対零度の視線を投げるその男を、私は知らない。
(·····何でだよ、皇···)
桜花 皇は···幼馴染みで、いつでも優しくて、甘くて、格好いい·····私の王子さま。
(王子さまだと、思ってたのに···)
「あ~ぁ、またやってんの? 女子達もめげないねぇ」
「理央···」
お昼休みの廊下に響く喧騒に、隣の教室からも様子伺いで生徒達が集まってきた。
一際目立つ長身の見覚えのある姿に視線を移せば、小学校からずっと同じ学校に通っている腐れ縁の理央が、言葉の割には楽しそうに口の端を上げている。
その表情で、昨日から抱えているモヤモヤした感情の原因を、思い出してしまった。
『そろそろその真っ黒な本性、瑠璃に見せれば良いのに』
『まだ早いだろ。あの子はまだ、子供だからね···。たくさん優しくしてあげないと』
学校の帰り、忘れ物を取りに戻った私を待つ皇と、居合わせた理央の会話を、少しだけ聞いてしまった。
(高校に入ってから、薄々感じてはいた。皇は、私が幼い頃に憧れた、絵本の中の王子さまなんかじゃ、ないってこと···)
それでも、私に優しく接しようとしてくれるのは、大事にされているんだと思えて···嬉しかった。
(女の子として見てくれてなくても、せめて幼馴染みとして、特別な存在でいれたら····良かったのに───)
そんなわずかな願いさえ、打ち砕かれた。
──皇が私に優しくしてくれていたのは、私が“子供”だから。
ハッキリと言葉にされて初めて、私は自分の幼さを自覚した。
身長が低くて、スタイルだって出るところも出てなくて。今、皇にすげなくされても健気に言い寄っているあの先輩に比べたら、まるで大人と子供だ。
(内面だって、同じ。皇と私は、これからもずっと···何も変わらず幼馴染みでいるんだろうって···勝手に思いこんでた。一人前に見られていなくても、仕方ないのかも知れない。でも────)
「瑠璃!」
「えっ、皇!?」
先輩が差しのべる手を払い、感情を削ぎ落としたような表情で私の前まで一直線に向かって来た皇は、理央さえ無視して強く腕をつかんできた。
「屋上、行くんだろ?」
「·····」
天気が良いから、外でお昼を食べたいと思っていた思考を言い当てられ、一瞬···いつも通りに喜びかけたが、今は一人になりたい気持ちもあって、思わず黙り込んでしまう。
「じゃあ、行こうか」
「え、ちょ、っ!!」
未だに小学生と間違われる容姿の私を、皇は軽く抱え上げ、有無を言わさず屋上への階段を上る。
(私のことなんて、子供としてしか見てないから···こんなに簡単に抱き上げたりするんだ·····)
───なんだか段々、腹立たしく思えてきた。
皇が屋上の扉を開き、明るい空の青が見えたその瞬間。
私は勢い良く体を揺すって彼の腕から逃れ、屋上のコンクリートの床に、自分の足で立った。
「瑠璃、どうしたの?」
ずっと、皇がすることに異を唱えたことなんてなかった。逆らったことも。
だから、私が皇に意見するなんて、思ってもいないんだろう。
「皇!」
「なに? 瑠璃」
私が声を荒げても、皇はいつも通りに優しく微笑むだけ。
(そんなのは、もう嫌。私だって、もっと皇の感情を揺さぶる存在になりたい!!! だから─────)
「私は、貴方を卒業する!!!」
今までの人生で、一番大きな声を出したと思う。
私の決意とは裏腹に、目の前の彼から返ってきた言葉は、悠長だった。
「俺を卒業? ····どういう意味?」
「何でもしてもらって、いつでも優しくされて。私だけ、子供扱いなんて·····もう嫌なの!!!!」
「···へぇ~?」
今まで見たことのない、不穏でどこか色っぽい顔をして、さっきまで私の完璧な王子さまを演じていた男が、笑う。
「それって、具体的にどういうこと?」
具体的にと問われて、解らなくなる。
私は、ただ···皇と対等になりたくて。そのためには、何でも皇にして貰っている今の状況を、打開しなきゃいけなくて。
「だ、から···皇と離れて、一人で学園生活を過ごしてみたいって、いうか····」
「一人? は? 俺から自由になれるとか思ってんの?」
「!!」
背中に堅い壁の感触が当たって、息を飲む。いつのまにか、屋上の端の壁際まで、追い詰められていた。
「ホント、瑠璃ってカワイイよねぇ?」
身長の高い皇が、上から私を閉じ込めるみたいに覆い被さってきて、視界が全部、彼でいっぱいになる。
「ってか、子供扱いされたくないとか」
そのまま強く抱き締められ、耳元で上機嫌な圧し殺し損ねた笑い声がした。
笑われたことが恥ずかしくて、やっぱり子供に見えてるんだって思えて、悲しくて。···もらした声は、さっきまでのどの言葉より、私の本音に忠実なものになってしまう。
「···せめて、幼馴染みとして対等には見て欲しい。私だって、こんな見た目だけど···同じ年頃の女の子なんだから」
「俺に、女として見られたいの?」
「は···?」
返された言葉は、あっさりとしているけれど、私が素直に飲み下すには、あまりにも直接的すぎた。
「なっ、そ···そんなこと」
「あぁ、言い訳しなくてもイイよ。
·····そっか、まだ早いかと思ってたけど、瑠璃が良いなら」
「?!」
「俺の汚い部分も全部、瑠璃に上げるよ」
口の端をつり上げて不敵に微笑む彼を前に、私の胸は不用意にも、大きく早鐘を鳴らす。
「解ってるだろうけど、返品はきかないから。まァ、末長くよろしく、ね?」
耳朶に触れた柔らかな感触と共に美しい低音で囁かれた最後通告で、私は彼からの卒業計画が崩れていく音を聞いた。
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