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一九九〇年 四月十日。
無事、中学二年生に進学し、三日前に十四歳の誕生日を迎えたオレは、放課後、先生に呼び出されていたのを無視して、というか完全に忘れていて、親友の俊介と共に学校をあとにした。
まだ日が高いので、道端のタンポポ綿毛を吹き飛ばし、墓地に寄り道して土筆を大量に収穫し、それでもまだ帰る気になれなかったので、学校の裏山にある棚田のミカンの木の熟れ切っていない蜜柑をちぎって、「酸っぱいな」と言いながら食べていた。
「なあ、俊介」
「なんだよ、克己」
「お前んち、ゲームボーイあっただろ」
「おう」
「今度やらせてくれよ」
「いいぜ、でも、まだオレも始めたばっかりなんだよな」
「何やってんの?」
「テトリス」
「なんじゃそりゃ」
「角ばった石みたいなのを積み上げていくゲーム」
「なんじゃそりゃ」
そんな不毛な会話をしていた。
酸っぱい蜜柑を三つほど食いつぶした頃、気が付くと、正面で照っていた陽光が、拳一つ分地平線に近づいているのに気が付いた。
オレは食いかけの蜜柑を、通りすがりの野良犬に向かって投げた。犬は当然、驚いて駆け出し、藪の中に消えていった。
「じゃあ、今晩、お前んちに行くわ」
「親父さん、大丈夫なのか?」
「さあ、また殴られるだろうけど」
「おいおい…」
「なあ、見ろよ」
オレは学ランの裾を捲り上げると、細腕を俊介に見せた。
オレの煙草の焼き痕が残った腕を見るやいなや、顔を顰める俊介。
「おいおい、また増えたのか?」
「おう。昨日、酔っぱらった親父にやられてよお。抵抗したんだけど、さすがに力で敵わなかったわ」
「膿まないように薬塗っとけよ?」
「もう、根性焼きの一つや二つ増えたところで違いは無いよなあ…」
オレはしみじみと言いながら学ランの袖をもとに戻した。
その時だった。
「すみませーん! そこでなにやっているんですかー?」
棚田を下りたところにある畦道に女が立っていて、オレたちの方を見上げて叫んでいた。
白を基調とする、山伏のような、巫女のようなデザインの着物を身に纏い、夕暮れを切り取ったかのように赤茶色の髪の毛を首の後ろで括っている。藁で編んだ傘を被り、右手に錫杖を握っていた。遠目にも、華奢で整った可愛らしい顔立ちをしていた。
年齢は、オレたちよりも少し上くらいだろうか?
最先端技術の開発が進む、この日本で、着物を身に纏った女は、一見場違いに見えるかもしれない。しかし、黒河村の近くには四国参りの礼所があるのだ。
語弊の無いよう言うが、黒河村自体に礼所は無い。あったら、隣人の特産品をパクるようなことはしない。特に、四月に入って暖かくなると、道を間違えた旅人がこの村に迷い込んでくるのだ。
オレはそわそわしながら、俊介の肩を激しく叩いた。
「しゅ、俊介…、あ、あいつ、女じゃん」
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