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「しゅ、俊介…、あ、あいつ、女じゃん」
「女だな。一人で四国参りなんて珍しい」
「お、お、お、お、お、女だな」
「お前、動揺しすぎだろ!」
そりゃそうだろう。この村にいるのは、ジジババと、その血を引き継いだ味気の無い顔をした女ばかり。あんなに綺麗な顔をした女と遭遇するのは、人生初だった。
「しゅしゅしゅしゅ、俊介! あの女、オレたちに向かって話しかけているよな?」
「そうだな」
「ままままま、間違いないよな…」
「お前、動揺しすぎだろ!」
そりゃそうだろう。オレは、中学でも村でも邪険に扱われているんだから、女との触れ合いなんて皆無だった。
突如話しかけられて動揺しているオレたちを見て、女性は首を傾げた。
「あのー! 何やっているんですかあ?」
オレは俊介の背中をバシバシと叩いた。
「ななななな、なんて答えたらいいかな?」
「お前、動揺しすぎだろ。そりゃあ、『ミカン畑荒らしてたそがれている』って言うしかないだろうな」
よ、よし、答えるぞ。
オレが息を吸い込んだ瞬間、女はオレたちを圧倒するように、言葉をまくし立てた。
「その蜜柑畑の蜜柑、美味しそうですねえ! 誰が作っているんですかあ? おいしそうですねえ! きっと甘いんだろうなあ! 酸っぱいのかなあ? いやいや、君たちが美味しそうに食べてたからきっと美味しいんだろうなあ! おっと涎があ! 美味しそうだなあ、美味しそうだなあ、美味しそうだなあ、ああっと! お腹が鳴っちゃった! 長旅で何も食べていないんだった!」
「……」
「………」
浮かれていたオレたちは、瞬時に身体の熱が冷めるのを感じた。
「なあ、俊介、あの女…」
「ああ、田舎の人間に『何しているんですかあ? その作物美味しそうですねえ』って話しかけたら、気をよくして農作物を譲ってくれることを狙った乞食だな」
なんでえ!
オレは地面の土を蹴っ飛ばした。
「くそが! あの女、オレの純情を踏みにじりやがって!」
「学校の帰り道にミカン畑の蜜柑を盗むオレたちに純情は存在するのだろうか…」
「馬鹿野郎が! 黒河村に四国参りの礼所なんてねえんだよ! わかったらさっさとこの村から出ていきやがれ!」
オレは手頃にあった枝から蜜柑をもぎ取った。
オレが何をしようとするのか気づいた俊介は、ぼそりと「辞めておけよ」と言った。
当然、オレは耳を傾けず、特に練習もしていないオーバースローで、蜜柑を畦道の女に向かって投げつけた。
「おらよ!」
蜜柑は放物線を描いて飛んでいく。
そして、女の旅人から二十メートルほど離れた地面に激突し、破裂した。
「………」
白々しくオレを見る俊介。
オレは最近練習した指パッチンで、己のコントロールを自画自賛した。
「ナイスピッチ!」
「いや、当たってねえから」
鋭い俊介のつっこみ。
オレの絶望的な投球フォームを目の当たりにして、俊介はため息交じりに言った。
「こうやるんだよ」
オレに釣られて、彼もまた手頃の蜜柑をもぎ取るった。
「みてろよ! 克己!」
豊山のイチローとはこのことか、黒河村のシュンちゃんとは彼のことか。見事なオーバースローから放たれた蜜柑は、空間を貫くようにして、旅人へと一直線。そして、彼女の顔面に直撃した。
べちゃっと、湿気の籠った音が、春の夕暮れに響き渡る。
「やるなあ、俊介」
「あたぼうよ。サッカー部万年補欠で、キャッチボールで暇潰しをしていたオレの肩を舐めるなよ」
「いや、キャッチボールしてたから補欠なんじゃないか?」
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