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藪から抜けて、舗装された道に出た後も、天野さんは納得いかないような顔をしてオレにしつこく聞いてきた。
「あなたのお父さんがついた嘘って、どういうことよ」
「だから…」
オレが噛み砕いて説明しようとした瞬間、通りすがりの民家の塀の向こうから「出ていけ!」と女の金切り声が聞こえて、冷たい水が飛んできてオレの頭にかかった。
「あ、克己くん!」
「………」
クリーンヒット。
オレの頭皮を冷たい水が這い、頬を伝って、顎から地面に滴り落ちた。
「こういうわけだよ。オレも、親父も村人から嫌われている。つまり、嫌われることをしたってことだよ」
「それって、バニバニ様の話と関係あるの?」
「おおあり」
頷いた瞬間、また別の民家から、おばさんが顔を出して「来るな! この疫病神!」と、むしっていた雑草をオレに投げつけてきた。
ぱさっと、湿った顔面に雑草がへばりつく。
顔が濡れいている時に土を引っ掛けられるのはなかなかきつい。
「………」
オレは雑草を放り捨てて、学ランの袖で顔を拭った。
おばさんの「帰れ!」「こっちに来るな!」「この疫病神が!」という言葉を右耳から左耳に流しながら路地を歩く。
「二年前のこと。親父が、村のはずれにある古寺から、『古文書が出た!』って大騒ぎしやがったんだ」
「それが、私が見た新聞記事のこと?」
「それ。確かに、それは古文書っぽかったよ。虫食ってて、色褪せていたし、字だって、大昔の奴がかいたような、蚯蚓が這ったような字だったさ」
今考えても滑稽な話だよ。
「古文書の内容は、『バニバニ様』っていう神様がこの村には祀られていて、その神は数多の生物を不老不死に変える力を持っている。ということだったんだ」
「不老不死ね…」
「もちろん、全部親父の自作自演だったよ。古文書の装丁は、薬品を使えばごまかせたし」
「お父さんはなんでそんなことを?」
「もちろん、金。詐欺だよ」
胃の奥がむずむずとしてきた。
「黒河村は観光材料に飢えているからな。神さまの伝説とかを出しちまえば、みんな飛びつくだろ? 当然、村人のほとんどが飛びついてな、『黒河村は神聖な神が宿る村だったんだ!』って大喜びよ。古文書を見つけた親父には謝礼金が払われたし、村復興のために、募金だって集まった」
「ああ、そう…」
この詐欺事件の結末を予知した天野さんは、オレに同情を目を向けた。
オレは、天野さんが想像しただろう結末を語った。
「親父も、ここまで大事になるとは思っていなかったようだな。当然、嘘はばれて、村人はみんな激怒! っていうわけ。その息子のオレも村八分にされているってこと」
「可哀そうに」
「全然、元から人に好かれるような親父じゃなかったからな」
オレは学ランの袖を捲って、親父に付けられた根性焼きの痕を天野さんに見せた。
「ほら」
「え、なにこれ」
「オレの親父、酔ったら手が付けられないんだよ。暴れまわってものを壊すし、オレを殴るし、腕に煙草の焼き印入れるしで、もう散々」
「それを晴みたいにいうあんたもなかなかよね」
「まあ、慣れたからな」
オレは学ランの袖をもとに戻した。
「とにかく、天野さん、この村には何もないぜ。本当に何も無いんだ。あんたが期待していたバニバニ様だって、オレの親父が造り出した架空の存在」
「うん、そうだったみたいね」
天野さんはあからさまに残念そうな顔をしていた。
「そっかあ、嘘だったか…」
「純粋に神社仏閣めぐりがしたいなら、四国参りをおすすめするぜ。この村を出て少し行けば、礼所なんていくつも見つかるさ」
「だから、四国めぐりが目的じゃないのよ」
「じゃあ何だよ」
「うーん…」
口籠る天野さん。人の事情に漬け込む気は無いが、何か言えないことなのだろうか?
オレは天野さんの半歩先をいった。
「じゃあ、オレは家に帰るから、あんたも巻き添え喰らわないようにしろよ?」
その瞬間、何処からともなく、鉄のやかんが飛んできて、オレの頭に直撃した。
カーンッ! と、寺の鐘を思わせる心地よい音が響く。
オレは目を回して、その場で千鳥足を踏んだ。
今度は、プラスチックの植木鉢が飛んできて、オレの頭に直撃。
ガシャンッ! と、プラスチックが割れて、入っていた土がオレの全身に掛かった。
足に力を入れて踏みとどまったが、とどめと言わんばかりに、サッカーボールが飛んできて、オレの背中にめり込んだ。
「ぐへえ!」
オレは猫が踏みつけられた時のような呻き声を上げて、その場に倒れこんだ。
「…………」
「……………」
四方八方から、村人たちの「疫病神が」「あの子の親父さんに私たちは騙されたのよ」「出ていけ、この村から」という罵詈雑言が聞こえた。
天野さんが信じられないものを見るような目でオレを見る。
「ねえ、とりあえず、一緒に帰ってあげようか?」
「うん、お願いします」
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