分厚い壁は何もなかった

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 ずっと君に焦がれていた。  触れ合いたいと夢見ることすら考えられなくて、ただ君の前に座り、君と言葉と心を交わし合える、ささやかな夢ばかり見ていた。  何も望まなかった、なんて綺麗事は言わない。  君の特別になりたかった。特別に見て欲しかった。  君の一番じゃなくてもいいから――一番になれない痛みは覚悟の上だった。  繰り返し紡いだ歌は、すべて君に捧げた特別。  この想いを皆が聴いた。皆が称えた。  でも歌うほどに君は顔をしかめ、僕から目を逸らした。  歌は君だけに届かない。  何を歌っても、僕の歌は君だけに届かない――。  相坂さんは俺の歌を最後まで聴いてくれた。  俺をずっと見つめたまま、信じられないという表情を一切変えずに。  歌い終えた後、しばらく俺たちは何も言わずに見つめ合った。  拒絶はまだない。あまりに信じられない現実に、相坂さんの頭がついてこないといった感じだ。  しかし徐々に相坂さんが変化していく。  ピク……ピク、ピク。頬やこめかみ、口端が小さく引きつる。  何か言葉を作ろうと彼の唇は動こうとするが、まごついて声はなかなか出て来ない。  そしてようやく見えた相坂さんの本音は――涙だった。 「わ、私は、自惚れて、いいのか……? 私が、君の特別なのだと……」 「ずっと貴方を想っていました、相坂さん。デビュー曲から今の曲まで、俺が歌ってきた曲はすべて相坂さんへ向けたものです。困るだけなのは百も承知ですが、ただ知ってもらえるだけで俺は――」 「私も、君のことをずっと想いながら、歌詞を書いていた。気づくことなどないだろうと絶望しながら、それでも君に歌詞を捧げたくて――」  互いの実情を話して、俺たちは見つめ合ったまま固まる。 「……俺たち、両想いだったんですか」 「……らしい。ずっと相手に想いが伝わらないと、お互いに十年も嘆き続けながら」  俺たちは口を閉ざし、同じように目を瞬かせる。  ――そして同時に吹き出した。
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