桜の幽霊

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 改修工事が終わった校舎に備品が戻されたと聞いたのは仮校舎で行われた部の送別会で途中でのことだった。  半年ぶりに入った校舎には新しい建物特有のつんと鼻に残るプラスチックの匂いが漂っていた。ひびの入った灰色の壁は白く塗りなおされ、黒ずんだ緑の床は淡いアイボリーに貼り替えられている。壁と床が一新されたおかげで明るい印象になった校舎は、以前の昼間でも彩度が低く、古びた雰囲気の校舎とはまったく違う建物のようだ。ただ、教室を覗き込むと見えた、角がささくれて表面に細かな傷が刻まれた机と椅子は改修前の校舎でも使用していたもので、それに少しほっとした。  窓から差し込む日差しが夕焼けの色を濃くして、廊下を橙色に染めていく。ぱたぱたと足元で音を鳴らすのは学校指定の上履きではなく持ち込んだスリッパ。服装も紺に白のラインが入ったセーラー服ではなく、オフホワイトのセーターとその上に羽織るベージュのトレンチコート、モカ色のロングスカートだ。学生証は持っているので見回りの警備員と鉢合わせても「最後に新しくなった校舎を見たくて」と言えば大目に見てもらえるはずだ。そんなことを考えながら華子(かこ)は足早に廊下を歩く。のんびりしていて忍び込むのに使った渡り廊下の出入り口が施錠されてはたまらない。  まだ籍は残っているが卒業式を経て送り出された華子が高校を訪れる機会は今日の部の送別会が最後。だから生徒として校舎に入れるのも今日しかない。 目指す場所は特別棟三階の美術室。  卒業前に、もう一度だけ見たい絵があった。
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