「夜に集えば…」

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「前から思ってたけど、聞こえるよな?あの音…」 友人“N”の学生時代の体験である。彼等のツーリング仲間である“P”がある日の集会で、こう言った。 現在の自粛生活もそうだが、都内はともかく、田舎では、夜、特に夜中を出歩く人間の数はめっきり減っている。 Nの地元も同様と言えるが、昔からと言う訳ではない。彼が学生の頃である 平成20年代前半は、夜の町に人が溢れていた。 それは人々のたむろする場所が随所にあったからである。 パチンコ屋、コンビニ、ダーツバーは24時間が基本だったし、ゲームセンター、複合施設は深夜0時までの営業、だが、そこが閉まったとしても、 地元に3店あった古本屋は深夜1時、2時、3時と、順番の閉店時間が用意されており、酒が飲めない未成年、不良に限らず、素行が悪くない者も、時間を潰せる場所はいくらでもあった。 当時、Nがつるんでいたグループは自転車や原付を中心にした“走り”集団、走りのグループといっても、4、5人のメンバー、バイク、自転車はあくまで移動手段、漫画やアニメ好きにゲーマーと言った緩い仲間の集まり… 学校終わりの夕方からゲーセンにたむろし、腹が減れば、近場のチェーン店での牛丼、ファーストフードで満たし(中には、自宅で食事を用意してもらい、夜中に食べる者もいた) 0時になったら、古本屋を順番にめぐった後、明け方4時、コンビニ前で解散すると言う流れを過ごす日常…(バイト等々でメンバーが欠ける事や映画やイベント、行事等で少し予定が変わる事もあるにはあったが) 不健康な青春かもしれない、当時は両親を大いに心配させた事だし、日中の学業に対する、差し障りは大だ…しかし高校生と言う大人になる前の少しの期間、小、中学生より背伸びしたいと言う思いを持つ若者にとって“真夜中”は特別な時間だった。 夏場は、涼しさの中に、昼の熱気が溶け込む青臭さを全身に受けながら、仲間達と走る悦び…秋や冬は寒さの中に透き通った匂いを感じ、暗闇に灯る店の光を親しみ、春は新しい年の始まり、叫びだしたくなる歓喜をぶちまけられる夜空の下、車両数の減った道路の真ん中を疾走した事もある。 ぶち壊しにしたのは、あの震災と津波だった。 直接的な被害は無かったが、当時は買い占めや、雇い止め、内定取り消しと言った大人達の混乱が彼等の今後を漠然とした不安に変え、その捌け口を真夜中に求める動きは、増す事が予想される。しかし、そんなN達の動きを止めたのも、また大人達の事情だった。 震災から数日と経たずに発令された計画停電は、地元店舗の営業時間を縮め、震災が終わった後も続いた自粛の風潮は、そのまま古本屋やゲームセンターの廃業を後押しし、以前のように、真夜中の明かりが再び灯る事は、もう無かった。 彼等の“集まり”の行動に制限がかかったのは言うまでもない。残ったゲーセンは夜の10時、もしくは9時までの良心営業…古本屋は無くなった。未成年の彼等が利用できる店舗はコンビニ程度… しかし、そこは不良やガラの悪そうな“以前からいた者”達に占拠されており、新参者の席は無かった。 自然と日中での活動がメインになっていたN達だったが、一度覚えた深夜の解放感はそう忘れられるモノではない。 自宅は家族の目がある。閉まった店の駐車場は警備員や警察の補導の怖れがあった。24時間のファミレスで時間を潰す事も試してはみた。だが、ドリンクバーだけで粘るのは難しく、出費が重なる事に加え、未成年とわかると、彼等の出入りは制限された。 明かり少ない深夜の町で、大仰な表現だが、追い詰められた彼等は、更に暗闇の奥深くへと足を踏み入れるしかなかった…  見つけたのは、町から外れた山間の廃神社…周辺に民家はなく、素行の悪い連中も近づかない。自販機やコンビニも無いため、たまり場としては適さないのだろう。 しかし、きちんとした環境を整えてやれば、どうとでもなる。 勤勉と言うより時間を持て余したN達にとって、懐中電灯の持ち込みや、買い出しなどは苦にはならない。 そうやって、少しづつ、自分達の居場所が作られてきた頃のPの発言だった。 「どーゆう事だよ?」 Nの返しにメンバーが、自分の周りの暗闇を窺い始める。 ホームセンター御用達の簡易ライトで境内は比較的明るくしてあるとは言え、全ての闇が取り払われた訳ではない。打ち合わせる訳でもなく、全員が肩を寄せ合うように距離を近づけていく。 実はNも気づいていた。いや、恐らく彼以外も、ここに溜まり出した最初の時から… 「どーゆう事って?冗談だろ?あの木を、金槌で打つ音…聞こえるよな?この辺じゃ、有名だもんな。お前等だって、それ込みでここを溜まり場に決めたんだろ?ヤバそうな場所なら、 誰も来ねぇって…噂が本当だったら、どうするか?なんて、誰も考えなかったもんな。聞こえねぇフリして、ここまでやってきた。俺もそうだよ?だけど、今日になって、この大音…もう限界だ。俺、思ったんだけどよ。気のせいじゃないと思うけど、段々、近づいて…」 「そこまでだ」 「えっ?」 Pを遮ったNが全員を見回す。 「行ってみよう」… 物音は崩れかけた社の裏から聞こえていた。その裏は山に続く林道がある。複数で照らす懐中電灯に映る人影はない。また、彼等が林に入ってから、先程の音も聞こえなくなっていた。 だが残っている。 具体的な実証は出来ないが、自分達以外の何者かが、ここにいたと言う、濃密な気配がだ。 全員が誰も口を利かない。しかし、いつかは確かめなければいけない事だった。自分達の居場所を確保するためにも、先客を見つけるために進む。勿論、見つかった時の具体策など考えてはいないが、全員が異様な興奮に包まれていた。 怖れながらも、どこか、それを見たいと思う、好奇心…真夜中ならではの衝動が、彼等を突き動かしていた。 「オイッ、見ろ」 やがて、道が山近くにさしかかり、傾斜がキツクなりはじめた頃、一本の木に、それはあった。 「藁だ」 木の幹に、人型に編んだ藁が釘で打ち付けられている。仲間に詳しく説明しなくてもわかる。 “噂は本当だった” と言う事が、これで証明された。 「こっちにもあるぞ?」 仲間の声に振り返ったNの前で、悲鳴が次々に上がる。自分達の辿ってきた、道の木のあちこちに藁が打ってある。すぐには気が付かない筈だ。 藁の中には、2メートル近い高さに打たれたモノや、足元すぐ近くなどバラバラに打たれている。 そして、社のすぐ側、恐らく先程まで打たれていたであろう藁を見つけた時、Pが呟く。 「やっぱ…近づいてるって事でいいよな?」 「何で?可笑しくねぇか?テレビで言ってたぜ?これって見られたら駄目な奴なんだろ?だったら、近づいてくる理由ねぇだろ?」 幾分か興奮した仲間の1人に、Nが答える。 「見・せ・た・か・っ・た・・・としたら?」 それに何の意味があるかはわからない。だが、それで全員が納得したように黙り、無言で境内に戻ると、後片づけを済ませ、帰路につく。 この経緯を経て、Nを含む全員が真夜中の集まりを解散、卒業した…(終)
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