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『僕は今日、DTを卒業しました』
その日、樫木靖彦は大恥をかいた。
無遅刻無欠席。成績は上から数えた方が早く、教師からの評価も高い。品行方正で充実した中学三年間を送っていた。
ただ、靖彦は抜けている節がある。それにどうやら男子中学生はDTではなく、DCと表記するらしい。
委員会や部活動などで交流関係のあったクラスメイトの冗談を鵜呑みにし、卒業した今日くらい茶目っ気を出しても構わないだろう、と一ミリでも考えたのがいけなかった。
しかし、後悔しようと時は既に遅し。
『樫木クンってば、いかにも真面目って感じなのにやばいよね』
『お相手は誰ですかー?』
瞬く間に元クラスメイト達に拡散され、使い慣れていないダイレクトメールへ何通メッセージが届いたことか。顔も名も知らない人物からのは恐怖を感じた。
炎上が収集つかなかったため、靖彦はSNS関連のアプリを全て削除した。おかげで冷やかしの連絡も通知も途絶え、再び平穏な日々が訪れた。
(ほんと、中学卒業後で良かった)
あれから一年。引っ越し先の高校へ進学し、真面目に高校生活を満喫している。クラスメイト同士も仲良さげで、趣味を分かち合える友達もできた。
「山内君。昨日の『天子くん』観た?」
「観た観た! 戦闘シーンがやばくて、リアタイ後にコマ送りで観ちゃったよ!」
目の下のクマに反し、山内と呼ばれた男子は頬を赤らめ、瞳をキラキラさせていた。
『天子くん』は、日曜深夜帯に放送されているアニメだ。人間を守るために天から遣わされた天使と、どこにでもいる男子高校生の中身が入れ替わり、ラブありバトルありのファンタジーストーリーが繰り広げられる。靖彦が今最も熱中する作品の一つであった。
何を隠そう、靖彦の趣味はアニメ鑑賞だ。受験勉強の合間に観た深夜アニメにハマり、友人ができた現在ではどっぷりとその世界に浸かっている。
山内智成は口を大きく開け、目尻の涙を拭う。
「数学の小テストで寝ないようにね」
「えっ!? 今日、小テストあった……?」
欠伸を噛んだ山内が驚くので、小さく頷く。
「やばいっ!」
「ノート見せようか?」
「ありがたき幸せ!」
胸の前で手を合わされ、苦笑しつつもノートを取りに机へ戻る。山内曰く靖彦のノートは参考書よりもわかりやすい、とのことだ。最早勉強すら趣味みたいなものだが、褒められたり役立ったりするのは悪い気がしない。
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