職員室の片隅で

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 最初に勤めた学校の先輩の先生から聞いた話だ。  平成の学校はまだまだ荒れていた。遅刻に無断早退・無断欠席、喧嘩、喫煙……教師に対する暴言や反抗的な態度など日常茶飯事だった(とはいえ、私のいた学校は平均よりかなりそういうのは多かったと思うが……)。  先輩の先生のクラスにいた、誰もが〝ああ、アイツね〟と言う問題児。何か事があるたびに、担任である先輩が〝それでも何とか〟と上の先生方に頭を下げ、本人を卒業まで引っ張った。  そんな奴は、式の最中もだらしない姿勢で椅子に座り、終始仏頂面で卒業して行った。  長く勤める間に、教育と学校をめぐる環境は変わった。〝他ならば〟と思って職場を変えても、すれ違いは大きくなるばかりだった。  自分のこれまでの仕事人生を否定される仕打ちの数々。  社会全体がもはや、私が最初に教師となった頃と変わってしまったのだと気づき、私は限界を覚え、現場を引退した。  親しかった元同僚とも、年々会うことが少なくなった。しかし、その先輩の先生とは何年に一回かは飲みに行っていた。懐かしい話に花が咲き、ふと、肩で風を切って校門を出て行った奴のことを思い出した。〝アイツは特にひどかったですね〟と私が告げると、先輩はグラスの酒を飲み干した。  「それが、なんだが……」  卒業式の後に先輩は、奴に話があると言われたのだという。誰もいないところでというので、警戒しながら職員室の片隅で二人きりになった。  「ありがとうございました」  大きな声で深々と頭を下げた彼は、先輩が返す言葉もなくしばらくその場で立ちすくんでいる間に、先輩に背を向けて去って行ったのだという。  
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