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ギラギラと照りつける夏の日差しに灼かれ、一歩を踏み出すごとに身体が重くなる。一歩。また一歩。 「あ!大槻くん!」 名前を呼ばれて顔を上げる。ビルに反射した陽光が目を刺し、思わず唸る。ほとんどシルエットだけの人影が、こちらに駆け寄ってくるのが分かった。 「おはよー!」 「……おはよう」 相手の勢いに気圧され気味に応じると、太陽を背にした彼女はにこりと笑った。 「昨日もバイトだったの?」 「昨日は飲み会」 「珍しい!」 クラス飲みは来なかったのに、と頬を膨らませる彼女の、ノースリーブのシャツから伸びる真っ白な素肌が目に眩しい。女の子はどうして、真夏の日差しの下でもこれほどまでに瑞々しいのだろう。明るい声、白い肌、弾けるような笑顔。果汁たっぷりの果物みたいだ。第二外国語の選択が同じ大谷まひるとは、先月、課題発表のグループ分けが一緒になって以来、こうして話をするようになった。クラスでの発言も多いムードメーカーで、飲み会の声掛けも、大抵彼女がやっている。 「今度飲もうよー」 「タイミングが会えば」 「いつもそう言う」 別に、嫌で断っているわけではない。アルバイトを掛け持ちしているせいでタイミングが合わないだけなのだが、確かに、3回も断れば嘘っぽく思われても仕方がないとも思う。昨日はたまたま店が暇で、たまたま、早上がりになったところに、たまたま、飲み会の誘いがあった。 アルコールは好きだ。頭の中がふわふわして、余計なことを考えられなくなる、あの感覚は結構良い。馬鹿になって騒ぐのも悪くないし、酔いに誘われてぞろりとやって来る眠気に飲み込まれて、泥に沈み込むように眠ると、夜が、早く終わる。 「バイトの休みとか分かんないの?大槻くんに合わせるから来てよー」 「当日の混み具合次第だから…」 「希望休、取れないの?」 取れないことはないのだけれど、家賃と生活費、学費の一部を、アルバイト代から支払わねばならないことを考えると、働ける日はなるべく働きたい。と言ったところで、アルバイトもせずに一人暮らしをし、ファッション誌の表紙も飾れそうな、流行りの服を日替わりで身にまとう彼女には、あまりピンと来ない話だろうから、大槻は、曖昧に笑って誤魔化した。 「ごめんね。でも日程は教えといてよ。バイト早く引けたら絶対行くから」 約束、と、意図せず言葉が重なって、二人して笑う。さして意味のないやりとりが、軽やかな繋がりが、心地よい。養い親である伯父の家を出て1年半。決して居心地の悪い家ではなかったが、こうして離れてみると、却って、家族という繋がりの、まとわりつくような重みを感じずにはいられない。濃密が故の居心地の悪さ。関心と心配の対象であるが故の不自由さ。その関心に、自分は少し疲れている。そういう、自覚がある。 「じゃあ、私、3限講義だから行くね」 ばいばいと手を振る彼女を見送って歩き出した瞬間、大槻のすぐ脇を、自転車が走り抜けた。生ぬるい風が、ふわりと肌を撫でる。軽やかとは言い難い風でも、ないよりはマシだ。微かな涼を追って目を閉じると、脱水気味の脳が平衡を失い、不安定に傾いだ。倒れるほどではないめまいを、踏み出した一歩でやり過ごし、不快なハレーションを瞬きに沈めた後は、欲求に支配された脳に命じられるまま、ともかく水を求めて歩き出した。
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