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午前の講義の後、夕方まで入っていたコンビニバイトの終わりに携帯を開くと、伯母から、盆の帰省を確認するメールが入っていた。文面にさらりと目を通して、返信せずに携帯をしまう。
別段、予定は入れていない。盆休みに家族で旅行に行くのは毎年の恒例行事で、大槻が小学3年生の春に伯父家族と同居を始めて以降、家族に連れられて、海に山に、泊まりで遊びに行った。伯父の家には、大槻の6つ上と7つ上に息子がおり、最初の年、幸せな家族の中に迷い込んでしまった自身の身の置き場がわからず、伯父が運転する車の隅で縮こまっていた大槻を笑わせたのは、彼らだった。年が離れていたこともあり、兄達は大槻に甘く、初めての家族旅行以後、二人は大槻をいろいろな遊びに誘い、良いも悪いもとり混ぜて、いろいろなことを教えてくれた。とはいえ、今考えれば、高校生の息子2人が、夏休みに揃って家族旅行に参加することは、自然の成り行きとは思えず、伯父家族は伯父家族で、愛想もない扱いにくい子供をどのように迎え入れるかに悩み、策を練ったに違いない。大槻にとって、初めての旅行は新鮮で、それ以来、大槻の中でも、盆の家族旅行が習慣になった。
あれから10年の間に、家族の形は刻々と変化した。長兄と次兄の大学進学後は、大槻と養父母だけで旅行に行くこともあった。長兄が就職した年には、長兄が家族に旅行をプレゼントしてくれ、今まで泊まったことのないような、豪華なホテルに一泊した。そうして今年は、半年前に結婚した次兄の妻が同行する、初めての家族旅行だった。大槻には、一つ一つの変化が事件だった。不安であったり、期待であったり、感情の色は違えど、家族の変化は大槻の心をかき乱し、習慣という言葉に守られた安定を揺るがし、一瞬先が見えない恐怖に慄いた。変化は恐ろしい。それなのに、皆は何事もなく乗りこなしていく。どのような変化の後にも、彼らは皆一様に、家族が家族であることの永続性を疑っていないように見えた。昨日と変わらない家族が、明日もここにあることを、一つも疑いなく信じているように見えた。これが血の繋がりというものなのだろうか。母と暮らし続ければ、自らも自ずと得られた信頼なのだろうか。仮定の向こうはいつも霧が掛かっていて、答えは見えない。
変化は恐ろしい。皆の変化が止められないなら、せめて自分は、変わらない自分であり続けようと、そう思う。
今日はこれから、ラーメン屋のアルバイトに行く。そうして、朝日を浴びて帰宅する道すがら、大槻は伯母に、いつも通りの帰省を知らせるメールを送る。義姉さんと一緒に出掛けるの、楽しみにしているねと、一言添えて。不安も恐怖も押し殺して、家族の末っ子として振る舞う。息苦しさは代償だ。愛情の代償。安定の代償。得難いものを守るためには、多少の痛みには耐えなければならない。多分、それが、世の理なのだ。
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